THUNDER サンダー


私事ではあるが、サンダーを初めて聴いたとき、このサイトを立ち上げて本当に良かったと実感した。
サンダーを知ったのは、このサイトをいつも応援してくれている、ある女性が送ってくれたサンダーのセカンド・アルバムを録音した1枚のミニディスクがきっかけだった。最初は「サンダー」というあまりセンスの良くない名前に、ただのヘヴィメタ・バンドか何かだろうと思ったのが正直なところだ。ところがいざディスクを再生してみて、とてもビックリした!
まるで70年代に現れた大物達を初めて見つけた時のような感動だった。こんな感動は何十年ぶりだろう・・・。
2,3日後には当然の事ながら大手CDショップへと急行し、サンダーのコーナーを捜していた。

1975年から同じバンドで活動を共にしていたダニーとルークは、北ロンドンの学校の同級生で10代からの親友でもあった。その後長い長い下積み生活を送ったのち、80年代に入りようやく地元で多少の知名度を得るようになる。その時のバンドはテラプレーンと言い、85年に「ブラック&ホワイト」、87年に「ムーヴィング・ターゲット」と2枚のアルバムもリリースしていた。テラプレーンはイギリスのクラブ・シーンではけっこう名を知られるまでに成長したが、サウンドがポップで、あまり将来は期待されてはいなかったようだ。
ところが、88年テラプレーンのロンドン・マーキーで行われた最後のギグに、元
デュラン・デュランのアンディ・テイラー(g)が飛び入りしたあたりから様相は一変する。
実はこの時すでにダニーとルークは次なるバンドの構想を練っていて、それまでの苦い経験から、かなり周到に準備を進めていた。彼らのマネージャーで昔のバンド・メイトでもあるマルコムが、ゲイ・クラブで偶然アンディ・テイラーに出逢ってから、アンディのロックンロール志向の音楽観に共鳴し、ニュー・バンドがレコード会社の言いなりにならぬよう、契約する前からプロデューサーをアンディに決めていたのもその一例だ。
アンディと言えば、ニュー・ロマンティックスのアイドル「デュラン・デュラン」のメンバーでありながら、別プロジェクトの「
パワーステーション」で誰もが驚くハードなギター・プレイを披露していた実績もあり、ニュー・バンドの目指すハードなサウンドにもピッタリの存在であったのだ。アンディの存在は、後々まで彼らに大きく影響を及ぼすこととなり、この後のEMIとの契約もスムーズにした。
89年、満を持してデビューしたサンダーには、元テラプレーンからダニー、ルーク、ハリー、ベン(アルバムには不参加)がそのまま参加し、ハリーがテラプレーン解散後に一時加入していたブルース・バンドにいたスネイクも加えていた。

Daniel 'Don' Bowes ダニエル・ボウズ(ダニー)/ヴォーカル
Luke 'Great' Morley ルーク・モーリー/ギター
Gary 'Harry' James ゲリー・ジェームス(ハリー)/ドラムス
Ben 'Benny The Jazz' Matthews ベン・マシューズ/ギター、キーボード
Mark 'Snake' Luckhurst マーク・ラックハースト(スネイク)/ベース・ギター

サンダーは89年シングル「シーズ・ソー・ファイン」でデビュー、その後すぐにアイルランドから全英ツアーをスタートさせる。この途中、幸運にもエアロスミスのオープニング・アクトを務める機会があり、彼らをいたく気に入ったスティーヴン・タイラー(vo)が、バックステージに招待してダニーをグレイト・シンガーだと絶賛したらしい。
こういったエピソードが評判となる中、翌90年にファースト・アルバム「バック・ストリート・シンフォニー」を発表。このアルバムはとてもファーストとは思えないような完成度で、パンクによって崩壊した70年代ハードロックの続編とも言うべき、様式美追求型サウンドを全編にわたって聞かせてくれた。ヘヴィメタル系の模倣サウンドとは違い、彼らはまさに「本物」という感じだ。きっと彼らが本物の70年代の生き残りであること、そして、彼らが選んだプロデューサー、アンディ・テイラーの持つロックンロール・スピリットがバンドの向かおうとしていた方向とうまく一致した結果であろう。
レコーディングも和気あいあいと、かなりリラックスしたムードで行われたようで、アンディもプロデュースの他、2曲の共作とギターやバック・ヴォーカルでも参加するという力の入れようだった。
デイヴィッド・カヴァーデイルをハイトーンにしたような、味のあるダニーのヴォーカル、故ジョン・ボーナムを想わせる重くダイナミックなハリーのドラミング、ブルースやジャズ、R&Bなどをベースに心地よいフレーズを奏でるルークのギター、そしてこの素晴らしい楽曲の数々、すべてが「一流」を感じさせ、ブリティッシュ・ハードの伝統と貫禄を彼らは最初から身に付けていた。特に3曲目のブルース・ナンバー「ドント・ウェイト・フォー・ミー」などを聞くと、もうほとんど
ツェッペリンのような風格さえ漂わせている。
このアルバムは全英・全米ともにスマッシュ・ヒットを記録し、あっという間にブリティッシュ・ロック期待のホープとしてマスコミの間でも最注目のバンドとなっていた。
さらにアメリカでもエアロスミスや
ホワイトスネイク、ガンズ・アンド・ローゼズらの支援を受け、ゲフィン・レコードと契約することに成功。この契約には、特に彼らをとても気に入ったホワイトスネイクのデイヴィッド・カヴァーデイル(vo)からの熱心なサポートがあったと言われている。
91年メタリカをメイン・アクトとしたFinal Countdown'91へ出演するため初来日。いきなり東京ドームでのコンサートも実現させた。92年にも再び来日し、今度は単独公演を行ったが、直後にベースのスネイクが脱退。同年発表されたセカンド・アルバム「ジャッジメント・デイ」では、新しいベーシストの
Mikael Hoglundマイケル・ホグランドを迎えていた。
このアルバムは、前作に引き続きアンディ・テイラーのプロデュース。ジャケットにはなんとあの
ピンク・フロイドUFOでお馴染みヒプノシスの中心人物、ストーム・トーガソンが担当している。
さらにルーツ寄りのブリティッシュ・ハードに近づいたサウンドには、ルーク自らがアルバム中最も好きな曲だと語るアンディとルークとの共作「エンプティ・シティ」やサンダーの全楽曲の中でも1,2番を争う名曲、「ロウ・ライフ・イン・ハイ・プレイセス」、「ワールド・ストップ・ターニング」など味わい深い曲が多い。また、「エヴリバディ・ウォンツ・ハー」では、エアロスミスっぽいホーン・アレンジも効かせるなど余裕さえ感じられる。
全体に暗く重い典型的なブリティッシュ・ハードの伝統を感じさせるのは、やはりアンディの名プロデュースぶりのお陰であろう。その後のアルバムと比較するとそれがよく分かるはずだ。アンディはこのアルバムでも2曲を共作するなど大活躍している。
すべてが順調に見えた彼らに、このあと解散にも発展しかねない重大な事件が起こる。それはバンドの問題というより、ルークの選択いかんによって、バンドの存続がかかっていたとも言える重大事だ。
以前からルークの高い作曲能力に目を付けていたデイヴィッド・カヴァーデイルが、
カヴァーデイル・ペイジ崩壊後、ルークを引き抜き、ホワイトスネイクを再結成しようとしているのではないかという噂が流れたのだ。カヴァーデイルはこの件に関しては否定するコメントをしていたが、その後のルークとダニーのギクシャクした関係や、結局ホワイトスネイクが直後に再結成された経緯からすると、やはり何らかの接触はあったに違いない。
だが、そんなバンド始まって以来の危機を乗り越え、94年には2年半ぶりにサード・アルバム「ビハインド・クローズド・ドアーズ」をリリースした。
ルーク自身「これは最高傑作だ」と言う通り、このアルバムはメンバー全員が一丸となったすばらしい内容で、曲の良さから演奏まで完璧な仕上がりをみせていた。プロデュースこそ、アンディが再結成パワーステーションの準備などで忙しく手を引いたが、それまでのサンダー・サウンドは継承。アンディも1曲だけルークと共作してくれている。
特筆すべきは、それまでルークに任せきりだった曲作りを全員で手分けをして協力したことだ。もちろんルークがコンポーザーとして並々ならぬ才能を持っていることは、すでに先の2枚のアルバムで実証済みだが、全員が曲作りに参加することで、より幅広く多彩なサウンドが生まれている。とにかく1曲1曲がみなすばらしい。
しかし、このアルバムリリース直後、またもやバンドは危機を迎える。デビュー以来強力にサポートしてくれていたEMIが、彼らから手を引こうと、ベスト盤とライヴ盤を立て続けに出して契約を早く消化しようと画策していたのだ。サンダー側はそれに怒り、マネージャーも責任を追求してクビにし、グレイテスト・ヒッツを最後にEMIからさっさと出ていってしまったのだ。当然マネージャーも契約会社もなくなった彼らは、一から自分たちの手でやり直さなくてはならず、かなりたいへんだったようだ。それに加え、この時期ベースのマイケルがプライベートな問題から脱退するという問題も起きていた。
96年、これらの問題を抱えながらもようやくニューアルバム「ザ・スリル・オブ・イット・オール」をリリース。しかし、その内容はとてもパワフルで、それまでのサンダーどおりまったく勢いは衰えていなかった。アンディ・テイラーのスペインにあるスタジオで書かれたという「リビング・フォー・トゥデイ」などは一回りスケールが大きくなったような素晴らしい出来映えだ。また、前作からみせ始めたファンキー路線をさらに押し進め、ハードロックとファンキーの融合という、新しいチャレンジをもしてみせた。
だが、ここまでポジティブに前進してきた彼らも、欧米では契約する会社を見つけることさえ苦労する状況で、さらに状態は悪化。そんな彼らを支え続けたのは、デビュー以来変わらない日本のファンからの声援と、自分たちのやる気だけだったという。
99年スタジオ・アルバムとしては最後となってしまう「ギヴィング・ゲーム・アウェイ」をリリース。落ち着いたポップス調の曲が多くなり、サウンドはかなりの変化をみせていた。アンディも1曲のみ共作し、アコースティック・ギターでも参加している(おそらく以前録音してあったもの)が、かつての影響力はもう感じられない。もちろん、曲も相変わらず良いし、リラックスした雰囲気も悪くない。しかし、これがサンダーの音?と聞かれれば、答えはノーだろう。サンダー解散後に出されたルークのソロ・アルバムを聞けば、その意味がわかるはずだ。つまり、このアルバムは曲もほとんどルーク1人で書いていて、ルークのソロ・アルバムのサウンドとほとんど変わらないのだ。残念ながらすでにこの時点で、バンドとしての志気はかなり下がっていたと言わざるを得ない。誤解なきように言っておくと、このアルバムの出来自体はけっして悪い物ではなく、仕上がりとしてはかなりいい。尚、先にシングルとしてリリースされ、ここに収録された「プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック」は、1976年にR&Bグループのワイルド・チェリーがNo.1ヒットを記録した曲のカヴァーだ。
2000年、ついに彼らは10年の活動にピリオドを打つ決心をした。この年、正式に解散の発表をし、最後のコンサートを日本で行うことにした。このライヴの模様は「オープン・ザ・ウインドウ、クローズド・ドアーズ」としてアルバム・リリースもされた。このプレゼントは、最後まで変わらずに応援しつづけてくれた日本のファン達への、せめてもの恩返しのようにも思える。
まったくこんな良質のバンドが、こんな形で消えていってしまうのはとても残念でならない。90年代はハードロック不遇の時代であったとはいえ、こんなに良いバンドを見過ごすとは、欧米の音楽シーンの状況はそうとう病んでいるとしか思えない。いったい欧米の音楽シーンは何を見て、どこへ向かっているのだろう?90年代に活動し埋もれてしまった名バンドを見つけるたびにそう思う。
だが、こんな素晴らしいバンドを紹介してくれたフロアさんと、久ぶりにハートを熱くさせてくれたサンダーには感謝の気持ちでいっぱいだ。本当にありがとう!
(HINE)2002.10

音源提供・情報協力:フロアさん



Backstreet Symphony
EMI/東芝EMI

Laughing on Judgement Day
EMI/東芝EMI

The Thrill Of It All
Castle/ビクター

Live
Eagle/ビクター

Giving The Game Away
Thunder/ビクター

ディスコ・グラフィー

1990年 Backstreet Symphony(バックストリート・シンフォニー)*70年代ブリティッシュ・ハードの伝統を継承する名作
1992年 Laughing on Judgement Day(ジャッジメント・デイ)*前作につづきアンディ・テイラーのプロデュース。ジャケットはストーム・トーガソン
1995年 Behind Closed Doors(ビハインド・クローズド・ドアーズ)*自らも最高傑作と語る名作。ベースがマイケル・ホグランドへ交代
1995年 Best of Thunder: Their Finest Hour (And a Bit) *彼らの意向に反し無理やり出されたEMI時代のベスト
1996年 The Thrill Of It All(ザ・スリル・オブ・イット・オール)
*移籍後初のアルバム。ファンキーな一面も覗かせる
1998年 Live *CD2枚組のイギリス公演を収録したベスト
1999年 Giving The Game Away(ギヴィング・ザ・ゲーム・アウェイ)
*スタジオ・ラスト・アルバム。かなりポップス寄りのサウンド
1999年 Rare The Raw And The Rest
2000年 Open The Window-Close The Door(オープン・ザ・ウィンドウ、クローズ・ザ・ドア )
*最後の日本公演を収録したアルバム
2000年 Gimme Some *未発表ライヴを含むベスト盤
2001年 Live At Donington Monsters Of Rock 1990 
*史上最高のオープニング・アクトと騒がれた伝説のライヴ
2001年 Rock Champions
2001年 They Think It's All Acoustic 
*アンプラグドもの
2002年 Symphony And Stage 
*移籍後も含むベストCD2枚組

(Luke Morley)
2001年 El Gringo Retro (エル・グリンゴ・レトロ)
*日本のみで発売されているルークのソロ・アルバム

(Daniel Bowes & Luke Moeley)
2002年 Moving Swift Along(ムーヴィング・スウィフトリー・アロング)
*ついにコンビ復活。日本のみのリリース



Rare The Raw And The Rest
東芝EMI

Open The Window-Close The Door
Thunder/ビクター

Gimme Some
EMI/Gold

Live At Donington Monsters Of Rock 1990
EMI/東芝EMI

They Think It's All Acoustic
papillion

◆◆◆名盤PICK UP◆◆◆

ビハインド・クローズド・ドアーズ
Behind Closed Doors

サンダー
THunder

1995年 EMI/東芝EMI

Cover Art:Peter Curzon and Storm Thorgerson

1 . モス・トゥ・ザ・フレイム
 Moth To The Flame

2 . フライ・オン・ザ・ウォール
 Fly On The Wall

3 . アイル・ビー・ウェイティング
 I'll Be Waiting

4 . リヴァー・オブ・ペイン
 River Of Pain

5 . フューチュア・トレイン
 Future Train

6 . ティル・ザ・リヴァー・ランズ・トライ
 'Til The River Runs Dry

7 . スタンド・アップ
 Stand Up

8 . プリーチング・フロム・ア・チュア
 Preaching From A Chair

9 . キャッスル・イン・ザ・サンド
 Castle In The Sand

10.トゥ・スケアド
 Too Scared To Love

11.ボール・アンド・チェイン
 Ball And Chin

12.イット・ハプンド・イン・ディス・タウン
 It Happened In This Town

<BONUS Track>
13.ロウ・ライフ・ハイ・プレイセス(ライヴ)
 Low Life In High Places(LIVE)

このCD時代には数少ない、手抜き一切無しの素晴らしいアルバムを届けてくれたのが、90年代に登場したブリティッシュ・ハードの継承者サンダーだ。ピーター・カーズンと共作という形ではあるが、ストーム・トーガソン(元ヒプノシスの中心人物)のデザインしたジャケットもなかなかいい。このサード・アルバムは限りなく完璧に近い。ファースト&セカンド・アルバムもなかなかの名盤であったが、特にこのサードでは作曲面で群を抜く完成度を誇っている。曲が本当に良いのだ!
曲のアレンジやプロデュース面では、アンディ・テイラー(元デュラン・デュラン)が加わっていた1st.&2nd.には及ばないものの、そのブリティッシュ独特の重苦しい雰囲気(良い意味での重厚感)は継承しつつ、新たな実験的要素を取り入れているところは、往年のツェッペリンをも思い起こさせる。もし、ツェッペリンがあのまま解散せずにやっていたら、きっといつかはこういったブラス&ファンキー・アプローチもしていたはずだ。自分など、70年代ハードロックにどっぷり浸かっていたリスナーにとっては、パンクによって衰退を余儀なくされた様式美追求型ハードロックの、夢にまで見た続編のようで、涙が出るほどうれしい。他にもツェッペリン似のバンドはいくつもあるが、ほとんどはクローンまたはコピーといった感じで、新鮮さがまるでない。ヘヴィ・メタルとは、もともとそういう音楽なのだと言えばそれまでだが、やはりオリジナルの70年代をリアルタイムで聞いてしまったリスナーとしてはどこか物足りない。しかし、このサンダーは違う。70年代ロックを完全に消化しつつ新たな前進意欲が感じられる、紛れもない本物のハードロックなのだ。
さて、曲紹介に入る前に、もう1つ付け加えておくことがある。それはこのアルバムが、前作から約3年もブランクをおいているということだ。この間には、ルーク・モーリー(g)のホワイトスネイク引き抜き話など、さまざまな問題があったのだが、それが充電期間として良い方向へ作用した。特に曲の良さは、じっくりと作られただけあって、サンダーのアルバム中、文句無く最高だと言える。
1曲目は、6人目のメンバーのような存在アンディ・テイラーも曲作りに参加している。もちろん、そのせいもあって、1st.&2nd.アルバムで聴かせた独特のサンダー・サウンドを一番残している曲でもある。ルーク自身の曲紹介では、ブラック・サバスに影響されたと書いてあったが、どうもツェッペリンの「カシミール」あたりの、インド音楽っぽい影響の方が強いようだ。2.は大胆にブラス(ホーン系の楽器)を使ったファンキー調の曲。ブラス自体は前作でも取り上げられていたが、その時はエアロスミス風な使い方で、あくまでもリズムは"ROCK"していた。ところがここでは、ハード・ファンキー・ロックというような感じで、かつてのファンキー路線ディープ・パープルなどよりも完成度は高い。このあたりは彼らの真骨頂といったところか。3はソウル系バラードのような曲で、デイヴィッド・カヴァーデイルにも似たダニエル・ボウズ(vo)の声とブルージーなルークのギターが一番冴えわたっている曲でもある。5は個人的に最も好きな曲。初期のツェッペリンを想わせる、スワンプ・ミュージックやカントリーからの影響が色濃いイントロに、インディアン・ドラムとパーカッションが加わり、いっそうエスニックな雰囲気が漂う。途中から急にハードになる展開もドラマティックだ。10.は、ジェームス・ブラウンばりのファンキーな曲。女性コーラスまで入り、曲前半は本物のファンキー・ミュージックさながらだ。後半のどうにもロックらしいギター・ソロでホッとするのは自分だけだろうか・・・。
尚、ボーナス・トラックには、2nd.アルバムに入っていた「ロウ・ライフ・ハイ・プレイセス」のライヴ・バージョンが収められているが、これもなかなかいい。ベテラン・プレイヤー(実は70年代からプロとして活動していた)達らしく、ライヴでの演奏も盛り上げ方も上手く、確かな実力が十二分に伝わってくる。(HINE)