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脱アイドルを目指して 日本では考えられないことだが、ルックスがよかったり、サウンドがポップであると正当評価されないということが欧米ではよくある。ロック界でも、ピーター・フランプトンやリック・スプリングフィールドなどがそういった問題との葛藤の末、成功を手中にしたのは有名な話だ。 連続7曲をチャートのトップ20に送り込んだ天才アーチスト 1958年3月1日イギリスのブルストル生まれ、本名ニコラス・デイヴィット・カーショウ。 音源提供協力:pop!さん(80's Man) |
The Riddle MCA/Victor |
Radio Musicola MCA/Victor |
The Works MCA |
15 minutes Rhino/Rock Records |
To Be Frank Eagle |
ディスコ・グラフィー 1984年 Human Racing(ヒューマン・レーシング)*デビュー・アルバムにしてヒット曲のオン・パレード。「恋はせつなく」収録 |
1.ダンシング・ガールズ Dancing Girls 2.恋はせつなく 3.ドラム・トーク 4.ボガード 5.ゴーン・トゥ・ピーセス 6.シェイム・オン・ユー 7.クローク・アンド・ダガー 8.フェイセズ 9.アイ・ウォント・レット・ザ・サン・ゴー・ダウン 10.ヒューマン・レーシング |
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ニックのアルバムは、「ザ・ワークス」を除いてすべてが名盤。その中から1枚をピックアップするというのは至難の業だが、あえてロックファンのために究極の選択をすれば、このファーストアルバムをお薦めしたい。何故かと言うと、このアルバムではコンポーザー、シンガーとしてだけでなく、プレイヤーとしてのニックも優秀であることが一番表われているからだ。復帰前のニックは、その後業界に振り回され、むりやりヒット曲をかかされるなど、思うような活動ができていない。その点でも本作は、比較的邪念のないありのままのニックを表現できていたのではないだろうか。 また、驚く事に本作ではデビュー・アルバムであるにも関わらず、すでにニックの強烈な個性が隅々まで行き渡り、どこから切り取っても「ニック・カーショウ」を強烈に感じさせる。それはむしろ後のアルバム以上と言っても良いくらいだ。 1曲目は、リズムマシンによる軽快なビートとシンセサイザーを全面に出した、いかにも80年代っぽい音。これが悪い意味で多くの人々が持つニック・カーショウへのイメージだろう。ハワード・ジョーンズと共にエレポップなどと呼ばれ当時はもてはやされたが、ニックの場合、その音楽的コア(核)の部分はまったく違う。それは装飾的な音を極力排除した近年の2作品を聞けば明らかになるはずだ。一聴しただけではまったく違うように聞こえるこのファーストと近年のアルバムの曲たちは、よく聞くと精神状態の違いはあれ、本質部分(個性)はほとんど変わっていない。 このファースト・アルバムでニックが本領を発揮しているのは2曲目以降。まずは大ヒットした「恋はせつなく」でのイントロのギター・リフ。このまま行けばハードロックにしてもおかしくないが、突然シンセの印象的なメロディー・ラインが入り、ポップな曲調に変化。さらにキーが変わりつぶやくようなニックの寂しげでけだるい感じのヴォーカル。すごいバランス感覚だ!普通では考えつかないような珍しい曲調とメロディー。こんなへんてこな曲をヒットさせるのは、デヴィッド・ボウイとニックぐらいなものだろう。曲の中間部にニックのギターとホーンが同じフレーズを奏でるのも印象的だ。3曲目は「ドラム・トーク」というタイトル通り、主役はドラム。アフリカン・ビートをうまく取り入れ、EW&F(アース・ウインド&ファイア)のようなホーンの使い方とR&B風のニックのギターにデジタル・ビートが絡む。4.はニックにしては比較的普通の曲だが、ギターソロでは、ジェフ・ベック風なフュージョンぽいフレーズを聞かせる。そのままメドレーのようになだれ込む5曲目は、打って変わってハイテンポ。ルイス・ジョンソンばりのファンキーなチョッパーベースは、ニック自身によるもの。ちなみにニックはギター、ベース、キーボード、パーカッション、を1人でこなしてしまうマルチプレイヤーだが、特にギターとベースの腕前はかなり上手い。 6曲目、こちらはミドルテンポのファンキーな曲。アフリカの民族音楽を思わせる自らのヴォーカル・アレンジも絶妙。7.は出だしがテクノっぽいが、ギターソロは完全にフュージョンそのもの。こういったサウンドは確実に後続のティアーズ・フォー・フィアーズやa〜haなどもに影響を与えている。8.は少し重苦しい雰囲気に包まれたバラード。ニックの曲は歌詞もまた重要。英語の歌詞カードしかないためよくは分からないが、背後にあるもう1つの世界(別の顔)のことを歌っているようで、歌詞とピッタリの曲調だ。次は一転して、レゲエを取り入れた「エレポップ」という言葉がピッタリくる、少し軽薄なサウンド(わざとやっているのだろうが)の「アイ・ウォント・レット・ザ・サン・ゴー・ダウン」。この曲だけベースもセッション・プレイヤーが弾いていて、おそらくシングル用に無理やり作らされたのではないだろうか!?レコード会社の思惑通り、シングルで再リリース後に全英2位を記録しているが、アルバム中でも一際浮いている。そしてアルバム・ラストを飾るのはニックのバラードの中でも屈指の名作「ヒューマン・レーシング」。シンプルな曲だが、ヴォーカルにおける独特なニック節に、どんどん引き込まれてゆく。 アルバム全体として感じられるのは、もちろんニックがそれまでに経験したハードロック、フュージョンなどのバンド経験を生かした並々ならぬセンスもあるが、それとはまったく次元が違う天性の何かだ。それは身につけたのものではなく、おそらく最初から身に付いていたのだろう。ほとんどのミュージシャンは何かを引用または参考にして曲を作るというが、ニックの曲は過去のどれにも似ていない、まったくのニック・オリジナル・サウンドだ。次作収録の「ワイルドボーイ」という曲で、ニックは自らのことを「センスはなくとも一夜にして大成功。うまく行き過ぎもいいとこだ」と唄っているが、そんなことはない。貴方こそまさに天才的センスの固まりだ!(HINE) |