RENAISSANCE ルネッサンス


独自のサウンドを築いた叙情派プログレの代表格

「似て異なる2つのバンド」とよく言われるルネッサンスの1期と2期。なるほどメンバーはまったく違うし、片や成功の日の目を見ずに解体していった不遇のバンドであるし、もう一方は成功し叙情派プログレの代表格として現在でも評価の高いバンドだ。
しかし、よく聴いてみると、2期ルネッサンスは明らかに1期のサウンドを踏襲しているし、よい部分だけを抽出した完成型とも思える。もちろんメンバーも違うし、進化もしているもわけだが、その歴史を見れば、同じ構想を持つ同一バンドだということがわかるはずだ。
ルネッサンスのルーツは、一人の非凡な才能を持つ男、キース・レルフ(vo)の構想によって生み出された。彼はヤードバーズのヴォーカリストとして60年代半ばより頭角を現すが、同じバンドにいたエリック・クラプトン(g)、ジェフ・ベック(g)、ジミー・ペイジ(g)という大スターの影に隠れ、当時から随所に見え隠れしていた音楽センスの良さをあまり評価されることがなかった。そもそもヤードバーズのリーダーはキースであり、クラプトンを誘い入れたのも、ポップでメロディックなロックにハープシコード、ヴァイオリンといったクラシカルな楽器を導入し、実質サウンド面でもバンドをひっぱっていたのはキースであったのだ。
ヤードバーズ末期、ほぼジミー・ペイジに乗っ取られる形でバンドを去ったキースは、マッカーティーとともに“トゥゲザー”というメロディックなフォーク・ロックのコンビ・グループを結成していた。このトゥゲザーで数枚のシングルを残した後、妹のジェーンを誘い新たな構想のもとニュー・グループを結成する。これが68年に誕生したルネッサンスだ。(トゥゲザー時代の音源はヤードバーズのラスト・アルバム「リトル・ゲームズ」がCD化された時にボーナス・トラックとして収録された)
この新しい構想とは、それまでのメロディック・フォーク・ロック・サウンドを一歩進め、クラシックやジャズ、ブリティッシュ・トラッド・ミュージックなどのエッセンスをも加えた、新しい音楽の創造であった。
それを具現化するため、メンバーにはジャズっぽいセンスをもつセナモ、クラシック・ピアノ出身のホウクンも加えられた。

ルネッサンスのオリジナル・メンバーは、
Keith Relf キース・レルフ/ギター、ハーモニカ、ヴォーカル
Jim McCarty ジム・マッカーティ/ドラムス
Louis Cennamo ルイス・セナモ/ベース・ギター
John Hawken ジョン・ホウクン/キーボード
Jane Relf ジェーン・レルフ/ヴォーカル、パーカッション
1969年元ヤードバーズのポール・サミュエル・スミスをプロデュサーに迎えて「Renaissance」でアルバム・デビューを果たした。
だが、このデビュー・アルバムではまだ実験的な域を出ておらず、曲によってフォークっぽいものやサイケっぽいものが混在していた。しかし、キースの妹ジェーンの美しい歌声(兄妹でこうも違うとは…)が聞ける数曲だけは、後のルネッサンス・サウンドへとつながる可能性を秘めている。
その後彼らは71年までセカンド・アルバムをリリースしないのだが、この間、実はメンバー間にさまざまなことが起こっていたらしい。
マッカーティーは70年に一時バンドを脱退し、再び優秀なソングライターである
Michael Dunfordマイケル・ダンフォード(g)を連れて舞い戻った。その他キースやセナモ、ホウクンも一時他のバンドで活動を始めたため、 Neil Kornerネイル・コーナー(b)やTerry Sladeテリー・スレイド(ds)、Terry Croweテリー・クロウ(vo)なども加わり、ルネッサンスの70年のヨーロッパツアーではジェーン・レルフ、テリー・クロウ、ジム・マッカーティー、ニール・コーナー、ルイス・セナモ、テリー・スレイドという大所帯で活動していた。
だが、このツアー後ジェーンが脱退。マッカ−ティーとダンフォードはそれでもアメリカ人女性ヴォーカリストBinky Cullomを加えバンドを続行しようとしたが、これを不満に思ったホウクンも脱退してしまうのであった。この後ルネッサンスには
John Toutジョン・タウト(kb)が加入し、ホウクンはその後ストローブスで活躍した。
そして、それらのメンバーがごちゃ混ぜになって、セカンド・アルバム「幻想のルネッサンス」が71年にやっと完成するのだが、その時すでにジェーン、セナモ、ホウクンの姿はなかった。
おそらく日本ではこのセカンドアルバムがデビューとなるのだろうか!?アルバム・セールス的には、パッとしなかったようだが、ここには、一度聴いたら忘れられないほどの名曲「Face of Yesterday」などが収められており、サウンド的にもキースが当初目指していたものに近い、ほとんど後のルネッサンス・サウンドの完成型が確立されている。また後にほとんどの曲の作詞を手がけることになるジェーンの友人Betty Thatcherベティ・サッチャーもライターとして初参加した。
その後、バンドの方は新しいヴォーカリストをオーディションで捜すことにし、そこで、オペラ歌手として訓練を受けたこともある、5オクターブの美声の持ち主
Annie Haslamアニー・ハズラムと出逢う。
キースとマッカーティーはこのアニーをとても気に入り、すぐにバンドへ引き入れたが、自らはこれ以降プレイヤーとして参加することを辞め、ディレクター的な立場として、裏でバンドを操るようになる。キースは、この頃すでにルネッサンスにはあまり感心がなくなっていたと言われるが、あのヘタウマな(^_^;ヴォーカルが入らなくなったことは、バンドにとっても好結果につながったのではないだろうか。(ファンの方ごめんなさい)
そして、71年のヨーロッパ・ツアー時には、アニー・ハズラム、ジョン・タウト、テリー・クロウ 、ニール・コーナー、テリー・スレイド、マイケル・ダンフォード といったメンバーで演奏しいる。
72年になると、ダンフォードがソング・ライティングに専念するため、一度バンドを解散させ、アニーとタウトを中心にバンドを再編成させた。
この2期ルネッサンスとも言えるメンバーは次のようであった。
Annie Haslam アニー・ハズラム/リード・ヴォーカル
John Tout ジョン・タウト/キーボード
Mick Parsons ミック・パーソンズ/ギター
Jon Camp ジョン・キャンプ/ベース・ギター
Terence Sullivan テレンス・サリバン/ドラムス
これに、ソング・ライターとしてダンフォード、作詞をベティ・サッチャー、そして引き続きキースとマッカーティーが後方支援するといった感じで、新しいルネッサンスはスタートした。
そして、その第1作目ともなるアルバム「プロローグ」をレコーディング開始するのだが、直後に思わぬ訃報が舞い込んだ。ギタリストであったミック・パーソンズが、交通事故で帰らぬ人となってしまったのだ。
しかし、バンドは
Rob Hendryロブ・ヘンドリー(g)を加え、なんとかレコーディングを続け、72年中に「プロローグ」はリリースされた。
サウンド的には明らかに1期の延長線上のもので、マッカーティーも2曲にソングライターとして参加している。彼はこの後もルネッサンスを影から見守り、73年頃まで関わっていたという。
キースの方は先にも触れたように、ほとんど感心がなくなり、この年メディシン・ヘッドというバンドを結成してアルバムもリリースした。
73年、これまでめまぐるしいメンバーチェンジやマネージャーの交代など、さまざまな障害を経てきたバンドがやっと安定し、ダンフォードもプレイヤーとして復帰して初めてじっくりと腰を据えて創り上げたアルバム「燃ゆる灰」を発表する。このアルバムが彼らにとっては最大の転機となるのだ。
ため息の出るほど美しいそのサウンドは、アコースティック楽器を多用したバロック的な統一感のある雰囲気でまとめられ、他のテクニカル系プログレとは一線を画すものであった。
ロック界最高の美声と噂されるアニーのヴォーカルも、そのサウンドに自然にとけ込み、まるで楽器の一部のようだ。また、後から知ったのだが、1曲のみウイッシュボーン・アッシュのアンディ・パウエル(g)がギター・ソロをで参加している。
この名盤は音楽の性質上ヒット・チャートを賑わすようなものではかったが、じわじわと評判を呼び、ロングセラーを記録。彼らの名を世に知らしめる出世作となった。
74年にはダンフォードも正式メンバーとなり、アメリカ進出を果たすべく所属レーベルを移籍した。翌75年にはアルバム「運命のカード」をアメリカでもリリース。それと同時にヨーロッパと北米でオーケストラをバックに大規模なツアーを行い大成功を収めた。このときのニューヨーク・カーネギーホールでの模様はライブ・レコーディングされ、76年に発表されている。
同75年、ファンの間では彼らの最高傑作との呼び声も高いアルバム「シュエラザード夜話」もリリースした。このアルバムはレコードのB面すべてを使った大作も収められた力作で、13週間かけて全米チャートを上昇し、最高位46位を記録した。

もう1つのルネッサンス

メディシン・ヘッド解散後、セナモらと結成したハルマゲドンでも成功を収められなかったキース・レルフは、再びオリジナル・メンバーによるルネッサンスを復活させようと画策する。そして、76年すでに自分の作ったルネッサンスは別バンドとして成功を収めていたため、その名前をNOWと名付けて活動を開始した。
ところが、その矢先キースは自宅でギターの練習中感電事故を起こし、不慮の死を遂げてしまうのだった。ついに自力で成功を収めることなく息絶えたキース。なんとついてない男なのだろう。だが、彼の先見性や音楽センス、良い人材を見分ける目には鋭いものがあり、きっとプロデューサー業などに転身していれば、成功は間違いなかっただろう。
残されたオリジナル・ルネッサンスの面々は、キースに敬意を表す意味でバンド名を
イリュージョン(初期ルネッサンスの代表アルバム名)と改め、亡きキースの意志を継ぐ形で活動を再開。マッカーティーがヴォーカル&アコースティック・ギターに転向し、新たにドラマーとリード・ギタリストを迎えて、77年デビュー・アルバム「Out Of The Mist」をリリースした。この中では初期ルネッサンスの傑作「Face of Yesterday」もカヴァーしていた。翌年セカンドアルバム「Illusion」も発表されている。
Jim McCarty ジム・マッカーティ/ヴォーカル、アコースティック・ギター
Louis Cennamo ルイス・セナモ/ベース・ギター
John Hawken ジョン・ホウクン/キーボード
Jane Relf ジェーン・レルフ/ヴォーカル
John Knightsbridge ジョン・ナイツブリッジ/リード・ギター
Eddie McNeil エディ・マクネイル/ドラムス

イリュージョンのサウンドは、2期ルネッサンスのような壮大なコンセプトこそ無いものの、ほぼサウンドは同質のもので、もしこのままダンフォードが入って活動していても成功していたと思われる。ジェーンのヴォーカルもアニーに匹敵するぐらい素晴らしい。セカンド・アルバムではもう少しサウンドの幅を広げ、ジャズ・テイストやヤードバーズ時代を思わせるハードなナンバーもあった。だが、その後は音沙汰が無く、いつのまにか活動を停止してしまったようだ。そしてもう忘れられた存在になっていた91年になって、突然79年頃録音されたサード・アルバムを発表し、周囲を驚かせた。

本家ルネッサンスの方は、その後更に飛躍するべく大手のワーナーと契約を交わし、しだいにポップでコンパクトな音づくりへと変化してゆく。
77年リリースの「お伽噺」が全米46位、78年の「四季」が全米58位/全英35位とチャート上を賑わせ、順調に活動しているように見えたが、バンド内ではしだいにジョン・キャンプの発言力が強くなり、デジタル楽器を多用するなどコマーシャルな音づくりになって、以前のようなクラシカルで崇高といったイメージは消え失せた。
また、その間アニーがソロ・アルバムをリリースするなど、メンバーごとに別行動もとるようになり、しだいにメンバー間の結束力もなくなっていった。
これらが裏目に出て、昔からのファンはしだいに遠のき、次の「碧の幻想」ではトップ100へもチャートインしないどころか、評論家やファンからも失敗作だと罵られた。
その上、80年にはタウトとサリバンが相次いで脱退。ワーナーからの契約も切られてしまう。
これによりルネッサンスは一時自然消滅状態になり、アニーとダンフォードはネヴァダというグループ名義で活動を始め、キャンプもロイ・ウッズ・バンドと行動を共にするようになる。(ロイ・ウッドはE.L.O.=エレクトリック・ライト・オーケストラのオリジナル・メンバー)
しかし、81年になって3人はルネッサンスとしての活動を再開。アルバム「カメラ・カメラ」をリリースした。このアルバムでは、以前のサウンドとかなりかけ離れたポップさで、ファン達をがっかりさせた。83年にももう1枚アルバム・リリースをするが、再び往年の輝きを取り戻すことなく、84年ついにルネッサンスは解散した。
ソロになったアニー・ハズラムは90年にマイク・オールドフィールドの名曲「ムーンライト・シャドウ」を久しぶりにカヴァー・ヒットさせ元気な姿を見せた。その後はAnnie Haslam's Renaissanceと名のり、ライブ盤など数枚のアルバムを残している。
マイケル・ダンフォードも94年(日本では95年)と97年にDunford's Renaissance名義でアメリカ人女性ヴォーカリストStephanie Adlingtonをフューチャーしたアルバムをリリースしている。

そして・・・2000年あのルネッサンスが帰ってきた!しかもニューアルバムを引っさげ2001年には来日公演まで果たした。メンバーはアニー、ダンフォード、テレンス・サリバンの他、ジョン・タウト、ロイ・ウッドも加わっている。
また未聴なので、詳細は不明だが、常々コンパクト・ディスク時代にこそ、こういった本格プログレ系アーチストが収録時間にとらわれず、真の実力を発揮して大作を生み出して欲しいと考えていたので、今後のアルバムが非常に楽しみだ。
また、イリュージョンも再結成した情報が入ってきたが、これはジム・マッカーティーの実質ソロ的なものであった。(HINE) 
2002.4

推薦サイト:「太陽のカーペット」by こだきん@酢貝魚河 さん




Renaissance
Island

Illusion
Island/MSI

Prologue
EMI /東芝EMI

Turn of the Cards
RCA/RCA

Scheherazade & Other Stories
RCA/RVC

Live at Carnegie Hall
RCA/MSI

Novella
Warner/WEA

ディスコ・グラフィー
コメントはこだきんさんの「太陽のカーペット」のものを参考にしています。詳しくはそちらへ

(Renaissance)

1969年 Renaissance(ルネッサンス)*実験的要素が強いデビュー・アルバム
1971年 Illusion(幻想のルネッサンス)*名曲「Face of Yesterday」を収録。マイケル・ダンフォードも発参加
1972年 Prologue(プロローグ)*アニー・ハズラムを迎えた2期のファースト。
1973年 Ashes Are Burning(燃ゆる灰)
*世界にその名を知らしめた名盤。個人的にも彼らの最高傑作
1975年 Turn of the Cards(運命のカード)
*アメリカへも進出し大成功を収めた、ヒット作
1975年 Scheherazade & Other Stories(シェエラザード夜話)*ファンの間では最高傑作との呼び声が高い大作
1976年 Live at Carnegie Hall(カーネギー・ホール・ライブ)
*大成功を収めたオーケストラとのジョイント・ライブの模様
1977年 Novella(お伽噺)
*いわゆる“ルネッサンス・サウンド”はここまで
1978年 In the Beginning *「プロローグ」と「燃ゆる灰」からの未発表ヴァージョン入りコンピレーション盤
1978年 A Song for All Seasons(四季)
*ポップなサウンドに変化し、プロデュースも2期では初めて外注
1979年 Azure d'Or(碧の幻想)
*ジョン・キャンプ色が強くなり、ヴォーカルまでとっている
1980年 Rock Galaxy *「運命のカード」と「シェエラザード夜話」のツーインワン
1981年 Camera Camera(カメラ・カメラ)
*完全なポップスと化したファン失望の作品だが、一般的には好評だったようだ
1983年 Time-Line(タイム・ライン)
*これまたポップス・アルバム
1990年 Tales of 1001 Nights, Vol. 1 
*74〜76年のライブを含むベスト盤
1990年 Tales of 1001 Nights, Vol. 2 
*76〜79年のライブを含むベスト盤
1994年 Renaissance/Illusion 
*初期の2作をカップリングしたもの
1995年 Da Capo *アニー・ハズラムによって選曲された2枚組のCDベスト盤
1997年 Live at the Royal Albert Hall 
*77年の英ロイヤル・アルバート・ホールでのライブ
1997年 BBC Sessions 
*76〜78年頃のBBCでのライブ音源寄せ集め
1998年 Innocence 
*1期ファースト・アルバムに当時の未発表曲を加えたもの
1998年 Trip to the Fair
2000年 Day of the Dreamer 
*比較的後期のライブの寄せ集め集
2000年 Unplugged: Live at the Academy of Music Philadelphia
2000年 Tuscany(トスカーナ)
*日本のみで発売された17年売ぶりのニュー・アルバム

(Dunford's Renaissance)

1994年 The Other Woman(もう一人の私)*アメリカ人ヴォーカルStephanie Adlingtonをフューチャーした実質ダンフォードのソロ
1997年 Ocean Gypsy 
*これもStephanie Adlingtonをフューチャーした実質ダンフォードのソロ

(Illusion)

1977年 Out Of The Mist(醒めた炎)*初期ルネッサンスの名曲「Face of Yesterday」もセルフ・カヴァー。なかなかの名盤
1978年 Illusion 
*少しジャズ・テイストやハードな面もみせる、これもなかなかの好印象盤
1991年 Enchanted Caress 
*79に録音され、未発表になっていた音源。キース・レルフも参加した貴重音源も収録
1994年 Out Of The Mist/Illusion 
*現在発売されているのは、このファーストとセカンドを一枚に収めたもの



A Song for All Seasons
Warner/WEA

Azure d'Or
Warner/WEA

Camera Camera
IRS/MSI

Time-Line
IRS

Tuscany
東芝EMI

(Dunford's Renaissance)
The Other Woman
HTD/Pony Canyon

(Illusion)
Out Of The Mist
Island


★★★名盤PICK UP★★★

燃ゆる灰
Ashes Are Burning

Renaissance


1973年 EMI /東芝EMI

SIDE-A

1.キャン・ユー・アンダースタンド
 Can You Understand?

2.レット・イット・グロウ
 Let It Grow

3.オン・ザ・フロンティア
 On The Frontier

SIDE-B

1.カーペット・オブ・ザ・サン
 Carpet Of The Sun

2.港にて
 At The Harbour

3.燃ゆる灰
 Ashes Are Burning

オープニングのエネルギッシュな前奏が始まった瞬間、このアルバムとルネッサンスの世界へと吸い込まれるように引き込まれてゆく。1曲目からいきなり起承転結のあるドラマティックな大作だ。ピアノとオーケストラによる前奏に続いて、静かなアコースティック・ギターにのせて、アニーの透き通った声が響きわたる。まさにこの1曲で、ルネッサンスは叙情派プログレの代表としての地位をつかんだとも言えるくらいの名曲だ。
2曲目、3曲目と小作品がつづくが、3曲目はルネッサンスのオリジナル・メンバーでもある、元ヤード・バーズのジム・マッカーティーのペンによるもので、短編ながらも展開のある秀作だ。他は全曲、次作から正式メンバーとなるマイケル・ダンフォードとベティ・サッチャーの共作だが、この3曲目も全体の雰囲気を壊すことなく、うまくアルバムにとけ込んでいる。
B面1曲目は、CDでは4曲目にあたるが、このアルバムにおいてはCDでつなげて聴いても、さほど違和感はない。この曲はアニーがソロで来日した際にも唄われたそうで、アニーのヴォーカルを大きくフューチャーした名曲。アニーの澄み切った声は、天まで届きそうなくらい冴え渡る。また、その独特な節回しは、多少インド音楽からの影響もあるのだろうか・・・。
エンディングを飾るのは、11分以上にもわたる大作曲で、ウイッシュボーン・アッシュのアンディ・パウエル(g)が後半ギター・ソロで参加している。ブリティッシュ・トラッドをベースにする、最もイギリス的なハードロックとプログレッシヴ・ロックの代表が出逢うのは実に興味深い。ここでのパウエルは、派手さはないが、曲調に合わせた、いぶし銀的プレイを披露している。
全体的にブリティッシュ・トラッドやバロック、中世音楽、賛美歌など、いわゆる土着とは対局の厳格で貴族っぽい雰囲気が漂うこのアルバムは、ルネッサンスの中でも一番「ブリティッシュ」を感じさせる最高傑作だ。
このアルバムは、全曲がすばらしく、あっという間に終わってしまうが、聴き終えた後は、まるで静かな部屋でゆったりと紅茶を飲み終えた時のような、何か崇高で穏やかな気分にさせられるのは自分だけだろうか。(HINE)