KISS キッス


地獄の軍団誕生

WICKED LESTERというバンドにいたPaul Stanleyポール・スタンレーGene Simmonsジーン・シモンズがバンド解散後、雑誌にメンバー募集広告を出していたPeter Crissピーター・クリスと出逢い、1972年キッスは結成された。
しばらく練習を重ねた3人だったが、リード・ギターが欲しいということで、同年オーディションを行った。
そこへ30番目にやってきた、無精髭を生やした街の不良が
Ace Frehleyエース・フレーリーで、彼は派手なプレイで3人をあっという間に魅了した。
この頃ロック界は、グラムロックとパンクの端境期で、アメリカではアリス・クーパーやニューヨーク・ドールズなど視覚的にも見栄えのするアーチスト達が続々とデビューを飾っていたため、当然彼らもメイクなどをしていた。
しかし、ライブでも今ひとつの反応しか得られなかった彼らは、もっと強烈なインパクトのあるメイクにしようと思いついた。
70年代半ばと言えば、もう同じようなハードロック・バンドはゴロゴロいて、スーパーギタリスト(マイケル・シェンカーやエディ・ヴァン・ヘイレンのような)や、よっぽど個性的なヴォーカリスト(スティーブン・タイラーやフレディ・マーキュリーのような)でもメンバーにいない限り、彼らのようなストレートなサウンドのバンドが売れることは、まず無かったであろう。
そういう意味でも、この派手なメイクは、売れるために必要不可欠なものであったのだ。ちなみにあのメイクは日本の歌舞伎をヒントにしているらしい。

世界で暴れ回る地獄からの使者達

こうして、1974年にレコード・デビューを果たした彼らだったが、ライブでの好評さに対して、このデビュー盤も次のセカンド・アルバムもセールス的にはあまりパッとしなかった。
だが、75年にリリースしたサード・アルバムからシングル・カットした「ロックンロール・オールナイト」が突然デトロイトで売れ出した。
これに気を良くした彼らは、急遽デトロイトでライブ・レコーディングをし、2枚組の名盤「地獄の狂獣/キッス・アライブ」を発表。これが一気に全米でブレイク!全米9位とプラチナ・ディスク獲得という大ヒットを記録した。
これで波にのった彼らは翌76年、今度はスタジオ・レコーディングでも、アリス・クーパーを育てた名プロデューサー、ボブ・エズリンを迎え、効果音やストリングスなどを随所に配した、とてつもなくスケールの大きい名盤を作ってしまった。これが、彼らの代表曲ともなる“デトロイト・ロック・シティ”を含む「地獄の軍団」だ。
そして、このアルバムも全米11位とプラチナ・ディスクという大成功をおさめる。
しかし、実はこのアルバムの製作にあたって、メンバー間に亀裂を生じさせる事件が起きていた。アルバムのジャケットなどにはクレジットされていないのだが、このアルバムにはギターにスタジオ・ミュージシャンが起用されていて、1曲はそのギタリストがギター・ソロまで弾いてしまっていたのだ。これではリード・ギタリストであるエースの立場がない。
バンド自体はこの後も飛ぶ鳥の勢いで売れ続け、出すアルバムすべてがプラチナ・ディスクという、とてつもない快進撃をつづけていたが、かねてより心配されていたメンバー間の確執が激しくなり、4人のソロ・アルバム・リリースという形で表面化。その後、突然ディスコ・ブームにのってシングル「ラヴィン・ユー・ベイビー」が大ヒットしたものの、アルバムではすでにソロ・アルバムの延長のような感じになっていった。
80年リリースの「仮面の正体」の頃には、ピーターは不参加、エースは自分の曲以外は演奏しないといった状態だったらしい。
そして、ついにこの年ピーターは脱退してしまう。
彼らは一般公募で選んだドラマー
Eric Carrエリック・カーを代役に再スタートをきるが、83年には既にほとんどアルバムへ参加していなかったエースも交通事故をきっかけに脱退した。

素顔のKISS

エース脱退後、リード・ギタリストに以前よりレコーディングに参加していたVinnie Vincentヴィニー・ヴィンセントを正式メンバーとし、決意も新たに、MTV特別番組に全員素顔で現れ大きな話題となった。
この新生キッスはアルバム・セールスこそ好調であったが、ヴィニーが翌年脱退。交代で入った
Mark St. Johnマーク・セント・ジョン(g)も加入直後白血病のためすぐに脱退とメンバーが安定しなかった。84年になってやっとBruce Kulickブルース・キューリックが加入して落ち着いた。
この後もしばらくは、ちょうどやって来たメタル・ブームの後押しもあって、好調なアルバム・セールスを記録していくが、91年になりドラムのエリックが心臓の悪性腫瘍のため急死してしまうというアクシデントに見舞われた。
しかし、この悲しみも彼らはエネルギーに変え、新たに
Eric Singerエリック・シンガー(ds)を迎えて、追悼アルバム「リベンジ」を完成させた。この力作は全米6位、全英10位という好結果を残した。
また、95年にはMTVのアンプラグド・ライブに、4人のメンバーとオリジナルメンバーのピーターとエースまでが参加した。ところが、そこでの好評さに気をよくしたオリジナル・メンバーの4人は、96年になんと例のメイクと共に再結成を果たし、ツアーまで始めてしまったのだ。
そして、98年には、このメンバーでニュー・アルバムまでリリースしている。その後もこのメンバーで世界ツアーを敢行し来日も果たしたが、2000年を最後にピーターはまた脱退してしまった。

KISSサウンドの魅力

キッスの魅力と言えば、なんと言ってもライブ・パフォーマンスにある。
ストレートで単純な曲調(良い意味で)だからこそ、曲芸さながらのパフォーマンスをする余裕も生まれたわけで、視覚と聴覚双方からの刺激ですべてのファンを陶酔させた。
また、彼らの生み出す曲は、ノリだけでなく、どれもメロディーの良さが光っている。特に初期の曲は覚えやすいギター・リフと流れるようなギターソロのフレーズで名曲が多い。むろんこれは、ポールとエースの力によるところが大きいのだが・・・。
エース・フレーリーはギタリストとしては、速弾きでもスゴテクでもないので、名プレイヤーとして話題になることは少ないが、個人的には昔からかなり評価しているギタリストだ。
実際、ちょっとギターの弾ける人ならけっこう簡単にコピーできるし、どうやって弾いているのかわからないようなテクは一切使っていないのだが、彼の弾くフレーズはとても個性的で豊富なアイデアに満ち、いつも新鮮なのだ。音も綺麗で、ビブラートやハマリングオン、プリングオフといった基本テクも実に繊細に表現している。いつも速弾きや凄テクに憧れていた自分にとって、エースのプレイはかなりの衝撃だった。
それからもう1つ、彼らのストレートなサウンドを飽きさせないものにする要因に、全員がリードをとれるヴォーカルがある。まあエースはお世辞にも上手いとは言えないが、違う声質という意味では、ピーター(こちらは上手い)のシャガレ声と共に、時々新鮮さを感じさせてくれる。ポールとジーンはよく耳を澄まさないと聞き分けられないが、ライブでは、あっちで唄ったり、こっちで唄ったりするのでとても楽しい。
運良く彼らの全盛時(70年代)の来日公演を、アリーナの前から2列目という特等席で見ることができたが、彼らは間違いなく世界最高のライブ・パフォーマーだった!(ちょっとジーンの吹く火が熱かったが・・・(^_^;) (HINE)
 2000.12

もっとKISSを詳しく知りたい方は=推薦サイト:Mannyさんが管理するKISS in' Timeへどうぞ




KISS
Mercury/マーキュリー

Hotter Than Hell
Mercury/マーキュリー

Dressed To Kill
Mercury/マーキュリー

Rock And Roll Over
Mercury/マーキュリー

Love Gun
Mercury/マーキュリー

KISS Alive II
Mercury/マーキュリー

Dynasty
Mercury/マーキュリー

ディスコ・グラフィー

1974年 KISS(地獄からの使者)*デビュー・アルバム。まだメイクが複雑で気持ち悪い・・・
1974年 Hotter Than Hell(地獄のさけび)*ジャケットに「キッス」「力」などの日本語が使われている
1975年 Dressed To Kill(地獄への接吻)名曲「ロックンロール・オールナイト」収録。この頃からライブでは評判になる
1975年 Alive!(地獄の狂獣/キッス・ライブ)*ロック史上でも5本の指に入るライブ盤の傑作2枚組。ここから彼らの快進撃は始まる
1976年 Destroyer(地獄の軍団)*全曲がシングル・ヒットしそうな名盤。彼らの人気を決定付けた最高傑作。怪獣ブーツも話題に・・・
1976年 Rock And Roll Over(地獄のロック・ファイアー)*「ハード・ラック・ウーマン」と「悪魔のドクター・ラブ」が大ヒット
1977年 Love Gun(ラブ・ガン)*予約だけでプラチナムという、まさに絶頂期のアルバム。「ラブ・ガン」「ショック・ミー」収録
1977年 KISS Alive II(キッス・アライブII)*黄金期のライブ2枚組。ヒット曲のオンパレード
1978年 Double Platinum(ダブル・プラチナム)*彼ら初のベスト・アルバム2枚組
1979年 Dynasty(地獄からの脱出)*まさかのダンス・ビート導入。I Was Made For Lovin' Youがディスコでも大ブレイク!
1980年 Unmasked(仮面の正体)*このアルバムを最後にピーター・クリス脱退。ポップ色が強まった
1981年 Music From“The Elder”(魔界大決戦)*トータル・コンセプト・アルバムらしい・・・エリック・カー(ds)加入
1982年 KISS Killers(キッス・キラーズ)
*新曲2曲を含む、全曲リミックスによるベスト盤
1982年 Creatures Of The Night(暗黒の神話)*エースは不参加。若き日のブライアン・アダムスが曲を提供している
1983年 Lick It Up(地獄の回想)*エースが脱退しヴィニー・ヴィンセント(g)が加入。メイクを落として初のアルバム
1984年 Animalize(アニマライズ)*このアルバムから交代したマーク・セント・ジョン(g)は白血病で途中脱退。
1985年 Asylum(アサイラム)*ブルース・キューリック(g)が正式加入
1987年 Crazy Nights(クレイジー・ナイト)*プロデューサーにロン・ネヴィソンを迎え、サウンドがポップになった。
1988年 Chikara *来日記念盤でもあるベスト。日本のみでリリース
1988年 Smashes, Thrashes & Hits(グレイテスト・キッス)*新曲2曲を含む全曲リミックスのベスト盤
1989年 Hot In The Shade(ホット・イン・ザ・シェイド)*カーンの遺作になってしまった、全米5位の「フォーエバー」を含む作品
1992年 Revenge(リベンジ)*エリック・シンガー(ds)を加え、久々に全米10位の大ヒットを記録したアルバム
1993年 ALIVE III(アライブIII)*スタンレー、シモンズ、キューリック、シンガー時代最後を飾るライブ・アルバム
1995年 Unplugged(地獄の再会)*この年行われたMTVアンプラグド・ライブを収録したアルバム。なんとエースとピーターも参加している!!
1996年 You Wanted The Best,You Got The Best *再結成を記念した未発表テイクを含むライブの寄せ集めリマスター盤
1996年 Greatest KISS *再結成記念のデジタル・リマスターによるオリジナル・メンバー時代のベスト盤
1997年 Carnival Of Souls(The Final Sessions) *95年に発売予定だったキューリック、シンガー時代にレコーディングされたアルバム
1998年 Psycho Circus *オリジナル・メンバーによる再結成後初のオリジナル・スタジオ録音盤



Unmasked
Mercury/マーキュリー

Lick It Up
Mercury/マーキュリー

Asylum
Mercury/マーキュリー

Hot In The Shade
Mercury/マーキュリー

Revenge
Mercury/マーキュリー

Unplugged
Mercury/マーキュリー

Psycho Circus
Mercury/マーキュリー


★★★名盤PICK UP★★★

KISS ALIVE!
地獄の狂獣
(キッス・ライブ)

1975年
Mercury/マーキュリー

1. デュース
 Deuce
2. ストラッター
 Strutter
3. ゴット・トゥ・チューズ
 Got To Choose
4. ホッター・ザン・ヘル
 Hotter Than Hell
5. ファイヤー・ハウス
 Firehouse
6.ナッシン・トゥ・ルーズ
 Nothin' To Lose
7. 激しい愛を
 C'mon And Love Me
8. パラサイト
 Parasite
9. 彼女
 She
10. ウォッチン・ユー
 Watchin' You
11.10万光年の彼方
 100,000 Years
12. ブラック・ダイヤモンド
 Black Diamond
13. ロック・ボトム
 Rock Bottom
14. コールド・ジン
 Cold Gin
15. ロックンロール・オールナイト
 Rock And Roll All Nite
16. レット・ミー・ゴー・ロックンロール
 Let Me Go, Rock 'N Roll
おそらくロック史上でも5本の指に入るライブの名盤が、このキッスの出世作「地獄の狂獣/キッス・ライブ」だ。
まずジャケットを見てもらいたいのだが、これは彼らのライブ・ステージそのままの雰囲気をうまく1枚の写真に収めている。実際のライブでも、ジーンはステージ左サイドで、コウモリのような羽を広げ、時には長い舌から血のり風の赤い液体(何だろう?)をダラダラ流しながら、時には口から火を吹きながら、黙々と演奏を続ける。1番重量級のコスチュームなためか、動き自体は鈍い・・・。逆にポールは身軽さを生かし、唄っている時以外は常に所狭しとステージ上を駆けめぐる。
唄うことが少ないエースは観客の間近まで来て、Tシャツやギターのピックを投げたりするのが専門。
かわいそうなのはピーターで、ステージ後ろの両サイドから常にドライアイスか炎が出ていて、その冷気と熱さ(暑いを通り越して熱い)は観客席にまでが伝わるぐらいだから、そうとう寒かったり熱かったりして体にこたえることだろう〜(^_^; ライブ中もこの写真の通り、ほとんど煙の中にあってその存在を確認することはできない。唯一独特のハスキー・ヴォイスが時々聞こえるとき、その存在を知らしめます。
このアルバムには、そういった生の雰囲気そのままが十分に伝わるようなミキシングがほどこされ、聞いているだけでもステージ上で大暴れしている彼らが目に浮かぶ。このあたりは、ツェッペリンも手がけた名プロデューサー、エディー・クレイマーの手腕によるものだろうか・・・。
結局このアルバムは、全米で500万枚、世界中で1000万枚以上も売れまくり、一躍彼らの知名度を大幅にアップさせることに大きく貢献した。
このアルバムを皮切りに、彼らが実質分裂し、揃ってソロ・アルバムをリリースするまでの間に出したものは、全てプラチナディスクという快進撃をつづけるのである。


DESTROYER
地獄の軍団


1976年
Mercury/マーキュリー
1.デトロイト・ロック・シティ
 Detroit Rock City
2. 暗黒の帝王
 King Of The Night Time World
3. 雷神
 God Of Thunder
4. 地獄の遺産
 Great Expectations
5. 燃えたぎる血気
 Flaming Youth
6. スウィート・ペイン
 Sweet Pain
7. 狂気の叫び
 Shout It Out Loud
8. ベス
 Beth
9. ドゥ・ユー・ラヴ・ミー
 Do You Love Me
76年にリリースされた彼らの5枚目のアルバム。ライブでは絶賛されながらも、スタジオ・レコーディングでは今ひとつパッとしなかった彼らは、アリス・クーパーを育てた名プロデューサーのボブ・エズリンを起用し、それまでのアルバムとは比較にならないほどスケールの大きなサウンドで、大成功を収めた。
どの曲にも効果音やストリングスなどが巧みにちりばめられ、彼ら本来のストレートな曲調に深みが増した。また、曲も素晴らしく、どの曲をとってもシングル・カットできそうな良い曲だ。実際、シングル・カットされた7.「狂気の叫び」8.「ベス」1.「デトロイト・トック・シティ」はどれも大ヒットしている。
8.は珍しくピーターが唄い、全米7位まで上昇した。1.のとても長いラジオ・ドラマ風のイントロ部もかなり話題になった。途中に出てくる鼻歌の「ロックンロール・オールナイト」はかなり笑える。
また、この1.の曲中のギター・ソロには感動!素晴らしいハモりだ!!こんなに素晴らしいギタリストがいるにも関わらず、このアルバムでは2曲にスタジオ・ミュージシャンのディック・ワグナー(g)を起用しているのだから、エースが怒るのも無理はない。
そのうちの1つ、6.「スウィート・ペイン」ではギター・ソロまでそのディックが弾いているということだ。この結果、エースと他のメンバーの間に深い溝が生まれてしまい、後に分裂という結末を迎えてしまう。