Written by ぴー

RITCHIE BLACKMORE'S RAINBOW 1975年8月発売
銀嶺の覇者/リッチー・ブラックモアズ・レインボー

Ronnie James Dio(vo), Ritchie Blackmore(g), Mickey Lee Soule(Key),Craig Gruber(b),Gary Doriscoll(ds)

Produced By Ritchie Blackmore,Martin Birch,Ronnie James Dio

 1975年8月にリリースされた、このレインボーのファースト・アルバムを最初に聴いた時の私の率直な感想は、「“バンドのサウンド”として評価すると、明らかに未成熟であり、実質は、スーパー・ロック・ギタリスト、リッチー・ブラックモアのソロ・アルバム的作品として仕上っている。」と言うものだった。
 リッチーは、このアルバム発売の約2ヶ月前に、自身がその偉大なるカテゴリーの確立を担ったと言っても過言ではない、“ブリティッシュ・ハード・ロック”界における最高峰のグループ、ディープ・パープルを正式に脱退したばかりであった。脱退の理由は、1973年に3代目のベース・ギタリストとしてパープルに加入してきたグレン・ヒューズの個性により、バンドのサウンドがアメリカン・テイストでファンク色の強いものとなり、リッチーの目指す方向性とはかけ離れてきてしまい、もはや軌道修正不可能と判断したからである。
 リッチーの後任としてパープルに加入する事となるのは、本場アメリカン・ロック&フュージョン界出身の凄腕ギタリスト、トミー・ボーリンであった。そして、トミー加入後にリリースされた、ディープ・パープルのアルバム『カム・テイスト・ザ・バンド』のサウンドは、さらにアメリカンナイズされ、よりファンキーさが増す事となる。『カム・テイスト・ザ・バンド』は、それまでディープ・パープルが突っ走って来た、ブリティッシュ・ハード・ロックと言うアウトバーンから、急ハンドルで進路変更した後に辿りついた到達点である。そして、その際のハンドルさばきと、ノーブレーキによるドライビングが実にいさぎよく、同アルバムは、ディープ・パープルがダイナミックなまでの変身を遂げた結果の、驚くほど完成度の高い作品として、名盤の域に達っする事となる。
 かたやレインボーの『銀嶺の覇者』は、リッチーが、過去にパープルで作り上げて来たアルバムと比較してしまうと、明らかにレベルが低い。収められているナンバーは、楽曲として分析すると名作ばかりなのに、パープル時代の、バンド全体で醸し出す鬼気迫るまでの、あの豪快な音のうねりが無いのだ。また、一曲ごとのニュアンスが、バラエティーに富んでいるのは良いのだが、あまりにも一貫性に欠けるため、アルバムとしてのメッセージが、いまいちリスナーに伝わって来ない。
 この見解は、私のとんでもないくらいの高望みから生まれてくるのであろう。しかし、ロック界のカリスマであるリッチー・ブラックモアがイニシアティブを取るニューグループに、そのレベルを求めてしまうのが、熱狂的ファンの性なのである。パープル脱退後のリッチーの動向を常に意識し、その待ちに待ったニューアルバムを、リアルタイムで初めて聴くファンとしては、それまでの最高を、少なくとも同レベルを期待してしまうのだ。ただ、ここまで書いてきた見解は、あくまで30年前、このアルバムを初めて聴い
た時の、つまりその後のレインボーがどのように変化、あるいは成長して行くかが、予想出来ない状況下で抱いたものである。
 今『銀嶺の覇者』のリリースから30年の時を経て、その後の結果も踏まえた上で、冷静な視点からこのアルバムのサウンドに改めて触れて見ると、『銀嶺の覇者』は、巨大に成長して行くレインボーが、怪物になるための脱皮をする直前の、蛹(さなぎ)的な作品だった事が解かる。要は物事が大きく成長して行く過程で、必要な状態だったと思えるのだ。のちに、HR/HM界のトップに君臨する事となる彼等の序章としてこの作品を捉えてみると、そこにリッチーが抱く『世界制覇』と言う大いなる野望に対する可能性が見えてくるのだ。一方のディープ・パープルは、あの完成度の高い『カム・テイスト・ザ・バンド』を最後のアルバムとして、突如その活動に幕を下ろすのだから皮肉なものである。
 実は、この『銀嶺の覇者』のジャケット・デザインを見ただけで、アルバム製作当時のリッチーの心理状態や、アルバムのコンセプト等を窺い知る事ができる。ジャケットの背景のベースとなるカラーは、深紫色、つまりディープ・パープルである。その事から、このアルバムが、ディープ・パープルのサウンドを基盤としている事を予測できる。しかも、その深紫色の空に掛かる虹のアーチは、1974年に行われた、あの伝説のカリフォルニア・ジャムでのディープ・パープルのステージ・セットそのものであり、アルバムのラスト・チューンである、『スティル・アイム・サッド』のイントロ〜リフは、カリフォルニア・ジャムでの『ユー・フール・ノー・ワン』のそれと、ほぼ同じアレンジなのである。(言うまでも無いが虹=レインボーである。)そして、ジャケット中央に、リッチーの代名詞とも言える名器ストラトキャスターを模した、中世ヨーロッパ風の城が描かれているのだが、この城こそリッチー・ブラックモア本人を表しているのだと思う。ディープ・パープルで彼ができなくなってしまった事を、あるいはこれからパープルでやろうとしていた事を、この城の主であり暴君として、思う存分やってしまおうという意図が伝わってくる。まさに“リッチー・ブラックモアのレインボウ”なのだ。
 結果的にはリッチー以外の楽器陣の力量不足により、この時点でのサウンドは、かつてのパープルや後のレインボーと比べると、怪物に成長する資質を備えながらも、あくまでその蛹期レベルの感激しかリスナーに与えられなかった。くどいようだか、名曲ばかりなのにである。

<鋼のボーカリスト、ロニー>
 だが、この時点でリッチーにはその後のレインボーの飛躍に繋がる、何事にも替え難い大収穫があった。それは、HR/HM史上最強のボーカリスト、ロニー・ジェイムス・ディオの獲得である。リッチーは、レインボー結成の数ヶ月前、まだ彼がパープル在籍中に、エルフと言うグループのサードアルバムに、自分の名前をクレジットせずにギタリストとして参加しているのであるが、そのエルフのボーカリストこそ、ロニー・ジェイムス・ディオだったのだ。実はこの『銀嶺の覇者』では、リッチー以外は、(元)エルフのメンバーが各パートを担当しているのだが、その後のメンバーチェンジの件等を考えると、リッチーはロニー獲得のために、エルフに急接近したのではないかと推測できる。
 リッチーが彼のボーカルに心底惚れ込んでいた事は、「ロニーは最高のボーカリストだ。私がボーカリストだったら、あんな風に歌いたい。」と語った、リッチー本人の言葉により証明される。フレディー・マーキュリーの声を荒々しくしたようなロニーの歌声は、低音から高音まで変わらぬスムーズな太い波形であり、しかもメロディアスなフレーズが、ずーっと高い音をキープしている曲が多いので、瞬間的に超ハイトーンが出るボーカリストでも、彼の曲を一曲通して歌うのは至難の技だという。喉がもたな
いのだろう。レインボーにおける、ロニーの後任ボーカリスト達が、ライブにおいてロニー時代の曲を歌いこなせていないのだ。普通、かなりの高音部は声が細くなってしまったり、ファルセットと地声の間みたいな小技を使うのだが、彼はどの音域も、その程良くハスキーな地声の延長で歌ってしまう。彼は生まれながらに、ロック向きの恵まれた声帯と声質を持っていて、おそらく発声において、喉への負担はほとんど無く、その安定感とボリューム感は脱帽ものだ。しかも、レインボー・サウンドの少しミステリアスな曲調に、ぴったりのボーカル・スタイルなのである。
 ライブにおいてもその実力は証明されている。全ての辺をゾリンゲンのナイフの刃のように研ぎ澄まし、全ての面を粗めのヤスリで磨いた三角錐の形をした、鋼鉄の塊のようなロニーの歌声は、リッチーのプレイするギターの爆音にも埋もれてしまう事なく、立体的にダイナミックに響いてくるのだ。まさしく、最強のロック・ボーカリストなのである。ロニーは、小柄な体格なのに、アンドレ・ザ・ジャイアントのような強面で、欧米人にしては顔が大きいところも、ドイツあたりの古城付近の神秘的な森に住む妖怪の様で、ミステリアスなレインボー・サウンドにマッチしている。(笑) ただ、ロニーのレインボー脱退以降、リッチーはロニーの事をあまり良く言っていないようだ。リッチーの好みが変わったというよりは、ロニー脱退劇に繋がった2人の確執が大きく影響しているのではないかと思う。ロニー時代のレインボーを愛する私としては淋しい限りである。今打ち明けるが、実は私は、しがないボーカリストである。もちろん私も、ロニーの曲を、彼と同じキーでは一曲通して唄いきれない者の一人なのである。
1. Man On The Silver Mountain 銀嶺の覇者
 ヘビーでいて哀感溢れる、ブリティッシュ・ハード・ロックの(ようは、リッチー・ブラックモア・サウンドの)王道的作品であるが、後に明確になっていくレインボーのコンセプトを、うっすらと感じさせるナンバーでもある。ギターのリフ、ギター・ソロにリッチー節が炸裂していて、アルバムの一曲目としての、リッチーファンの心を掴む役割は十分果たしている。個人的に欲を言うと、もう少しアップテンポでプレイしてほしかった。このアルバムのロニーの歌唱法は、次回作以降と比較すると、ややレイズィーで、ある意味泥臭い部分がある。そう言えば、“リッチーが、ロニーを鍛えた。”という噂があり、このアルバムでのロニーは、リッチーの理想のボーカリストとしては発展途上段階だったのかもしれない。

2. Self Portrait 自画像
 3/4拍子を基本とした、少しスイング感のある風変わりなロックナンバー。ロニーのメロディアスなボーカルラインは、叙情的であり、リッチーが奏でる、そのクラッシックを基盤としたギターフレーズは、聴くものに感動を呼び起こさせる。

3. Black Sheep Of The Family 黒い羊
 パープルの幻影を感じさせる、シンプルなハード・ロック・ナンバーだが、実はギター抜きのプログレ・トリオQuatermassが唯一残したアルバムからのカバー曲。リッチーがギター・ソロで、ハイセンスなボトルネック奏法を披露している。ゲイリーのドラムは、決して悪くは無い。しかし、リッチ−が数ヶ月前まで一緒にプレイしていたイアン・ペイス、そして、レインボーにおいてゲイリーの後任となるコージー・パウエルという2人のスーパー・ドラマーと比べてしまうと、グルーブ感、フィル・インのセンス、楽曲に対する音の組立て方等々、はっきり言って足元にも及ばない。
 あの偉大なるジョン・ボーナムが、ゲイリーのドラミングを誉めていたと言う話だが、それを知ったところで私の評価は変わらない。

4. Catch The Rainbow 虹をつかもう
 私が思うに、ロック史上屈指の名バラードである。ナチュラル・トーンのメローなギターのイントロに続き、囁く様に唄い始めるロニーのボーカルから、どことなく女性的な優しさを感じる。母親が愛しい我が子の為に唄う、子守唄のような心地良さである。もちろん、ボーカルのサビの部分で、寝ている子は起きてしまうであろうが・・・。途中のマカロニ・ウエスタン風(?)のギター・ソロも哀愁に満ちている。ユニゾンで口笛が聞こえてきそうだ。

5. Snake Charmer へび使い
 クラウス・マイネ(Scorpions/vo)の雰囲気も備えた、ロニーのボーカルが心地良い、実にいかしたノリノリのロックン・ロール・ナンバー・・・なのに、この曲のクレイグのベース・プレイには首を傾げてしまう。テクニックがあるのは解かるのだが、彼のモコモコした音色で弾く、無駄に手数の多いベースワークは、レインボーのカラーを壊している。彼は、本当はフュージョンがやりたいのではないかな? 

6. The Temple Of The King 王様の神殿
 リッチーと彼のフィアンセであるキャンディス・ナイトのユニット、ブラックモアズ・ナイトに通ずる、中世ヨーロッパの民族音楽的な雰囲気を醸し出す、エキゾチックな魅力に溢れた名曲であり、高水準の独自性と芸術性を持ったロック・ナンバーである。(先程調べたら、ブラックモアズ・ナイトでも、やはりこの曲を取り上げているらしい。)

7. If You Don`t Like Rock`n Roll もしもロックがきらいなら
  歳がばれてしまうが、思わずモンキー・ダンスを踊り出したくなるような、典型的なロックン・ロール・ナンバーである。こうして、このアルバムを最初から聴いてくると、一曲毎にニュアンスが異なり、実にバラエティーに富んでいて面白いのだが、逆にバンドのカラーが定まっておらず、やはりリッチーのソロアルバム的イメージは否めない。この曲で、ミッキーがホンキー・トンク調のピアノ・プレイを披露しているが、「あれ?このバンド、キーボードがいたんだ?」という感じで、このアルバムにおける彼の存在感は実に薄い。恐るべし、独裁者リッチー・・・。

8. Sixteen Century Gleensleeves 16世紀のグリーンスリーヴス
 パープルの名アルバム『イン・ロック』に収められている『イントゥー・ザ・ファイヤー』の雰囲気を持った生粋のハード・ロックナンバーであり、ズシズシとアグレッシブに迫ってくるギターのリフが実に心地良い・・・が、やはりこの曲でも、ベースの音色が、こういうナンバーにはそぐわない。あー、もったいない。

9. Still I`m Sad  スティル・アイム・サッド
 (イントロはカリフォルニア・ジャムでのユー・フール・ノーワンのそれに、そっくりではあるが,)
あのヤードバーズの名曲を、リッチ−節を駆使し、実にかっこいいインストゥルメンタル・ナンバーとして、極上のアレンジで仕上げている。欲を言えば、もっと長編の構成にして、いつまでも聴いていたい。それほどの名曲だと思う。

(ぴー) 2004.12