|
75年、『眩惑のブロードウェイ』で主導権を握り、自己を鑑みたピーター・ガブリエルは、ジェネシスを脱退した後はしばらく隠者のような暮らしをしていた。しかし77年、ようやくにしてソロ活動を始め、『ピーター・ガブリエル I』を発表。キング・クリムゾンのロバート・フリップがゲストに、トニー・レヴィンがバンドに参加した。どうしてもジェネシスの幻影にすがりがちなガブリエルの音楽を、プロデューサーのボブ・エズリンがうまくコントロールし、成功後の虚しさを描いた心象風景のような傑作となった。特に「ソルズベリー・ヒル」「エクスキューズ・ミー」などには、バンド脱退後の心境が如実に窺える。
78年には『ピーター・ガブリエル II』を発表。ニュー・ウェイヴへと傾倒した音楽性にフリップとレヴィンがうまく応え、やや過渡期的な作風ながらジェネシスの影を本作ではほぼ払拭、ニュー・ウェイヴへの急激な接近が音に見える。
80年、ジェネシス時代の盟友、フィル・コリンズと共同開発した「ゲート・リヴァーブ」が冒頭曲「イントルーダー」から効果的な、フェアライトなどシンセサイザーを導入したまごうことなき名作にして初期代表作の『ピーター・ガブリエル III』を発表。中でも「ゲームズ・ウィズ・フロンティアーズ」のケイト・ブッシュのコーラス参加と、南アフリカの人種隔離政策を非難した最終曲「ビコ」は話題となり、特に「ビコ」はアフリカ風のビートやコーラスを用いたのを契機に独自のスタイルを見出しただけでなく、のちに「ウォーマッド」を主催するほど第三世界への関心を深めていった重要な曲となる。ドイツ語盤も制作され、ヴォーカルがリテイク、全体がリミックスされた。
82年、前作で見せたワールド・ミュージック志向が冒頭の「リズム・オブ・ザ・ヒート」から早くも凝縮され、具現化した『ピーター・ガブリエル IV』を発表。本作も前作と同じくドイツ語盤も制作され、ヴォーカルがリテイク、全体がリミックスされた。アメリカで具体的なタイトルを設けるよう強要されて“SECURITY”と名付けたのち、その後の作品にはタイトルを付けるようになった、ひそかな転機作でもある。 またこの年から「ウォーマッド(WOMAD= World of Music, Arts and Dance)」フェスティヴァルを主宰し、毎年ワールド・ミュージックの大御所を招いて盛大なライヴを行うようになった。
85年にはワルトンのベスト・セラー小説をロック好きのアラン・パーカー監督が映像化し、そのつてでガブリエルが初の映画音楽を手がけた『バーディー』を発表。当初はオリジナル曲で編まれる予定だったが、今までの過去曲のリメイクが中心ながら本作のみの楽曲も多数収録した、サントラとしての佳作となった。
この時点ではまだ「知る人ぞ知る」存在だったガブリエルだが、86年に『SO(オリジナル邦題:ピーター・ガブリエル V)』を発表した頃から状況は一変した。ケイト・ブッシュとのデュエット「ドント・ギヴ・アップ」が話題となり、またビデオ・クリップがコマ取りのアニメーションを多用して作られ、87年のMTVミュージック・ビデオ・アワーズのベスト・ビデオに選ばれた「スレッジハンマー」は大ヒットを記録。かつて在籍していたジェネシスの「インヴィジブル・タッチ」を1位から引き摺り下ろしてビルボード・シングル・チャートでナンバー・ワンを獲得した。ガブリエルにとって、これが最初の全米ナンバー・ワンとなった。そうしてアルバムは大ヒット、爽やかにヘア・カットされた『SO』のガブリエルは全世界で有名となる。ガブリエルの大きな特徴である民族音楽志向は他作品に比べて薄まり、その代わりにスタイリッシュなポップ・センスが炸裂している。
88年、ワールド・ミュージックのレーベル「リアル・ワールド・レコーズ」を設立。それまでの民族音楽支持の活動の具現化となって、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、ユッスー・ンドゥールなどのアジアやアフリカの多くのミュージシャンをヨーロッパ世界に紹介するのに大きな役割を果たした。
89年にはマーティン・スコセッシ監督が「人間キリスト」を描いた衝撃映画『最後の誘惑』のサントラ『パッション』を発表。民族音楽を大胆に取り入れた全編インストゥルメンタルの優秀なサントラとなった。
92年になると、長い沈黙を破り、前作のポップ強調路線を引き継ぎながら、民族音楽志向をさりげなく混ぜた『US』を発表。「エデンの情熱」でデュエットを組んだシニード・オコナーや、トリートメント的な所作はお手のもののブライアン・イーノなど、参加陣も豪華な作品となった。「愛」をテーマとしており、あたたかな音ざわり仕上がっている。
2000年、ロンドンに設けられたミレニアム・ドームで催された「ミレニアム・ドーム・ショー」のサントラ、『OVO』をリリース。農業社会、工業時代、未来と移行する自然とテクノロジーの統合を描いた。
2002年、再びの長いオリジナル・アルバム沈黙期間を破り、『UP』を発表。ダイアナ妃トリビュート・アルバムに提供していた壮大な「アイ・グリーヴ」のリメイクを中心に、今まで以上に愛と平和を説く秀作となった。また映画『裸足の1500マイル』のサントラ『RABBIT-PROOF FENCE オリジナル・サウンドトラック』も発表された。
これからもガブリエルは、映像と音楽と、人間のために邁進していくだろう。常に最新の技術と創作活動をリンクさせるガブリエル。次はどんな作品でもって私達を驚かせてくれるのだろうか。 (KEN) 2007.2
★KENさんのサイトへはこちらから→「KENの生悟り」
■BIOGRAPHY (製作:HINE)
1950年2月13日 英サリー州でヴィクトリア王朝の流れをくむ両親のもと、貴族家庭の子として生まれる
1963年9月 サリー州ゴルタミングにあるチャーターハウス・パブリック・スクール入学。同期生だったトニー・バンクスと出会う
1966年1月 トニー・バンクスらと「ザ・ガーデン・ウォール」結成
1967年3月 マイク・ラザフォード、アンソニー・フィリップスらが在籍した「ジ・アノン」と合流しジェネシスの原型バンドを結成
1968年2月 ジェネシスとしてデッカレコードよりシングル「Silent Sun」でデビュー
1975年5月 ジェネシスを脱退
1976年10月 映画「第二次世界大戦」のサウンド・トラックにビートルズのカヴァー曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」を提供
1977年2月 ロバート・フリップ(g)、トニー・レヴィン(b)らをゲストに初のソロアルバム「ピーター・ガブリエルI」発表(全英7位/全米38位)
1978年6月 ロバート・フリップがプロデュースしたセカンド・ソロ・アルバム「ピーター・ガブリエルII」発表(全英10位/全米45位)
同年 ジェネシスのニューヨーク公演に飛び入り参加
1979年 ロバート・フリップのアルバム「エクスポージャー」にゲスト参加
同年5月 ケイト・ブッシュのコンサートにゲスト参加
1980年5月 フィル・コリンズ、ケイト・ブッシュをゲストにサード・ソロ・アルバム「ピーター・ガブリエルIII」発表(全英1位/全米22位)
1981年 オムニバス・アルバム「ブリストル・レコーダー」と「ライフ・イン・ザ・ヨーロピアン・シアター」へ参加
1982年 WOMADを発足し、そのフェスティバルの参加ミュージシャンを集めたアルバム「ミュージック&リズム」をリリース
同年9月 4作目のソロ・アルバム「ピーター・ガブリエルIV」発表(全英6位/全米28位)。シングル「ショック・ザ・モンキー」もヒット(全英29位)
同年 ジェネシスのツアーに同行した後、自らのソロ・ツアーも敢行
1983年6月 初のソロ・ライヴ・アルバム「プレイズ・ライヴ」発表(全英8位/全米44位)
1984年 映画「カリブの熱い夜」「グレムリン」「ハード・トゥ・ホールド」のサウンド・トラック、「グリンピース」「サン・シティ」などのチャリティー・アルバムへ参加
同年 ローリー・アンダーソンのアルバム「ミスター・ハートブレイク」をプロデュース
1985年 映画「バーディー」のサウンド・トラック・アルバム発表(全米162位)
1986年5月 アルバム「SO」発表(全英1位/全米2位)。ここからのシングル「スレッジ・ハンマー」も大ヒット(全英・全英共に1位)
同年12月 JAPAN AIDを発案し、来日
1987年 MTVアワード「ベスト・ビデオ」受賞
1988年 Realworldレーベルを設立
1989年 Realworldレーベル第1弾アルバムとして映画「最後の誘惑/パッション」のサウンド・トラックを発表(全英29位/全米60位)
同年 アルバム「最後の誘惑/パッション」がグラミー賞「Best New Age Album」を受賞
1990年 ベスト・アルバム「シェイキング・ザ・トゥリー」発表(全英11位/全米48位)
同年 スティング、坂本龍一、ルー・リードらと共にコンセプト・アルバム「ワン・ワールド・ワン・ヴォイス」に参加
1991年 バルセロナで芸術家や科学者を集めた体験セミナーを開催
同年 世界20カ国から集めた75人のミュージシャンとイベント「リアル・ワールド週間」開催
1992年 人権運動を映像を使って訴えたイベント「目撃者プログラム」開催
同年9月 シニード・オコナーやブライアン・イーノがゲスト参加したアルバム「US」発表(全英・全米共に2位)
1993年 リアル・ワールド週間のコンセプトをアルバム化した「プラス・フロム・US」リリース
同年3月 初の単独来日公演を含むワールド・ツアー敢行
1994年 イタリア公演を収録したライヴ・アルバム「シークレット・ワールド・ライヴ」発表(全英10位/全米23位)
同年 ウッドストック94へ出演
1994年 ポーラ・コールを従え来日公演
1996年 ポーラ・コールのアルバム「ディス・ファイア」へゲスト参加
1998年 映画「シティ・オブ・エンジェル」のサウンド・トラックに参加
2000年 ロンドンに設けられたミレニアム・ドームで催された「ミレニアム・ドーム・ショー」のサウンド・トラック・アルバム「OVO」をリリース
2002年 アルバム「UP」発表(全米9位)
同年 映画「裸足の1500マイル」のサントラ『RABBIT-PROOF FENCE オリジナル・サウンドトラック』発表
2003年 ベスト・アルバム「HIT」発表(全米100位)
|