BERTIE HIGGINS バーティ・ヒギンズ


偉大な詩人ゲーテの子孫

70年代末期からつづくアダルト・コンテンポラリー路線の人気は、80年代に入る頃までには日本でもAORというジャンルですっかり定着し、ボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェル、クリストファー・クロス、シカゴ、ポール・デイヴィス、マイケル・フランクスなどが毎日街じゅうのお店から聞こえていた。
その頃、日本の歌謡界でも「郷ひろみ」によってバーティ・ヒギンズの名曲がカヴァーされ、「哀愁のカサブランカ」という題名で大ヒットした。
もちろん、同時にオリジナルであるヒギンズのヴァージョンも時折どこかから聞こえてきてはいたが、さほど気にもとめていなかった。
しかし、ヒギンズと言えば、世界的にはこの曲よりも「キー・ラーゴ」の方が有名で、82年に全米チャート10位の大ヒットを記録している。
それを知ってから、改めてアルバム自体を聞き直してみると、ヒギンズは決してブームにのった一発屋ではなく、カントリー&ウエスタンやスワンプ・ミュージック、ロックンロールといったアメリカン・ロックの伝統に根ざした、ベテランの風格さえ感じさせるアーチストであることが分かった。そこに彼の出身地であるフロリダのトロピカルな雰囲気が加わり、洒落たサウンドに聞こえるのだろう。またゲーテの血を引く文才は別れた恋人の心までも取り戻すほどすばらしい歌詞となって表れている。

1944年12月8日、米フロリダ生まれ。驚くことに彼の祖先は、かの偉大なドイツの詩人ゲーテ(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)なのだが、それはミュージシャンとして名をあげるまでは知られざる事実だった(本妻直系の子孫ではない)。
ヒギンズは12歳の時に腹話術師としてショウビジネスの世界に足を踏み入れ、その後音楽と美術を勉強するために大学へ通うが、1964年Roemansローマンズというバンドのドラマー兼バック・ヴォーカルとしてプロ・デビューしたため中途退学する。そのバンドではローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、トム・ジョーンズ、ロイ・オービソン、マンフレッド・マンなどの前座を務めた経験もあるらしい。
しかし、1968年にはバンドを離れ、自己の表現を追求するためにフロリダへ帰り、ドラムからギターへシフトするとともに曲作りに専念した。
70年代はソング・ライターとして地道に活動し、ヒギンズの才能を見抜く何人かの音楽関係者とも出逢うことになる。
そして80年、自分の失敗したロマンスを歌にした曲「キー・ラーゴ」のデモ・テープを完成させCBSの子会社Kat Family recordsへ持ち込むが、最初は相手にされなかったという。だが、ヒギンズは諦めずねばり強く説得したところ、ついに81年、シングルをリリースすることで合意した。
翌82年には、デビュー・アルバム「Just Another Day in Paradise(カサブランカ)」もリリースし、「キー・ラーゴ」はじりじりと全米チャートを上昇、気が付けば最高位10位の大ヒットを記録していた。尚、この他にも「ふたりだけの恋の島」「カサブランカ」が連続ヒットし、アルバムはダブル・プラチナムを獲得。ヒギンズは一躍世界的なビッグ・スターへとのし上がった。
83年にリリースされたセカンド・アルバム「Pirates and Poets」からも同名タイトルのシングル・ヒットが生まれ、活動は順調に見えたが、その後は活動を停止し、10年以上が経過した。
詳しいことは不明だが、なんでも「キー・ラーゴ」で歌われていた、1年前に別れた恋人ビヴァリーが、この曲を聞いてヒギンズの元へ戻り、その後結婚したということなので、幸せで創作意欲がなくなってしまったのかもしれない。
だが、長い沈黙を破って94年にアルバム「Back to the Island」を発表。その後もマイペースな活動を続け、現在はThe Band of Piratesというバンドを従えてライヴを中心とした活動をしているようだ。
また、自身の音楽をTROP ROCK(Tropical Rockの略)と呼び、2003年にも「Island Bound」というアルバムを発表したばかりだが、次作「A Buccaneer's Diary」というアルバムを製作中との情報も入ってきている。
(HINE)2004.1



Pirates and Poets
Epic/Sony

Back to the Island
?Southern

Trop Rock
Key Largo Productions

Island Bound
Sony Special

Brazilia
Key Largo Productions

ディスコ・グラフィー

1982年 Just Another Day in Paradise(カサブランカ)*ダブル・プラチナムに輝いたデビュー作
1983年 Pirates and Poets *アルバムタイトル同名曲がシングル・ヒットした
19??年 Gone With the Wind *本国アメリカでは未発表らしい
1994年 Back to the Island
1994年 The Best of Bertie Higgins/ Then and Now
1996年 Golden Classics: The Collectable Series
????年 Trop Rock
2003年 Island Bound 
????年 Brazilia



★★★名盤PICK UP★★★

カサブランカ
Just Another Day in Paradise

バーティ・ヒギンズ
Bertie Higgins



1982年 Epic/Sony(日本盤)

SIDE-A

1.ふたりだけの恋の島
 Just Another Day in Paradise

2.カサブランカ
 Casablanca

3.キャンドルダンサー
 Candledancer

4.キー・ラーゴ〜遙かなる青い海
 Key Largo

5.愛してるよ、サバンナにて。1955年
 Port o Call

SIDE-B

1.ホワイト・ライン・フィーバー
 White Line Fever

2.愛すれど心さびしく
 Heart Is the Hunter

3.きみ去りし今
 She's Gone to Live on the Mountain

4.ブルー・ムーンに届けておくれ
 Down at the Blue Moon

5.トロピカル・ハリケーン
 Tropics

このアルバムがデビュー作といっても、ヒギンズは60年代から音楽活動をしているベテラン。まったく気負いのない燻し銀的なサウンドで、AORブームにのって出てきたそこらの新人とは分けが違う。
アルバム全体を聞いても、洒落たバラード一辺倒ではなくバラエティに富んだ内容だ。
A-1〜4までとB-2は、誰もがヒギンズに対してイメージする名バラード集。A-5、B-1、B-4は特にロック色の強いナンバー。B-3、B-5がトロピカルでエキゾチックな雰囲気のする曲という構成になっている。
A-1、A-2、A-4はシングルにもなり、A-4「キー・ラーゴ」は全米10位の大ヒットを記録している。しかし、日本ではA-2「カサブランカ」を「郷ひろみ」がカヴァーしたこともあり、こちらの方が有名で、A-4以上の大ヒットを記録している。また、この「カサブランカ」はメロディーもさることながら、歌詞がすばらしい!ハンフリー・ボガートとイングリット・バーグマン主演の映画「カサブランカ」から「a Kiss Is Still a Kiss In Casablanca...」の台詞を引用し、別れた恋人ヴィヴァリーへ「戻ってきておくれ」と語りかける。
「キー・ラーゴ」もまた映画「カサブランカ」の台詞を引用したヴィヴァリーへのラヴ・ソングで、キー・ラーゴとはマイアミからアメリカ最南端のキーウエストをつなぐ数百の島々の中のフロリダのキーズに浮かぶ小島。
アルバム中一番の異色ナンバーはB-4。基本的にはロックンロールだが、カントリーやスワンプっぽい香りが漂い、鼻をすする音までを唄にしているところが面白い。こういった曲を自然に歌えるのはベテランならではの技だろう。

AORとは無縁の土臭い香りと男っぽい歌声、おそらくアルバム全部を聞けば、ヒギンズに対する印象がまったく変わるに違いない。(HINE)