第15章 女性ロッカーの時代(90年代中頃〜後期)

1.女性ロッカー優勢の時代到来
 本格的な女性ロッカーが誕生したのは、73年デビューのスージー・クワトロであり、その後登場した('75)ランナウェイズによって、完全なる女性だけのバンドも市民権を得たが、まだまだ男性ロッカーの模倣であり、音楽的に自立した存在ではなかった。むしろポップスとロックの狭間のフィールドで活躍したキャロル・キングカーリー・サイモンケイト・ブッシュといった女性ヴォーカリスト達によって、女性独特の感性が磨かれた女性独自の音楽が進化していったと言えよう。
 80年代に入り、ニュー・ウェイヴの波が本格的に押し寄せると、やっと本来の女性らしさや女性特有の感性を前面に出した、デボラ・ハリー(ブロンディ/vo)や、アニー・レノックス(ユーリズミックス/vo)シンディ・ローパーといった女性ヴォーカリストが活躍しはじめ、真の意味での女性ロックが劇的な進化をみせ始めた。
 90年代に入ると、ポップスの世界では3大歌姫
(注1)の出現などにより、チャート上ではもはや女性優位にさえなるほど、女性アーチストが目覚ましい活躍をするに至っていた。そんな状況下、ロック界からも、続々と素晴らしい才能をもった女性たちが現れはじめ、90年代後半頃までには、チャートを賑わすロック・フィールドの牽引役もすっかり女性へと様変わりしていた。
 それはまず、独創的な音楽で93年にソロ・デビューしたアイスランドのビヨーク(上左写真)から始まる。映画のサウンド・トラックやオペラ、ジャズ・スタンダードなどにスラッシュメタルやファンクの要素を融合させ、まったく新しいサウンドを生み出したビヨークは、行き詰まりを見せ停滞するロック・シーンの中で、新鮮な輝き放ち音楽界全体にも大きな衝撃を与えた。
 さらには95年にワールド・デビューを果たしたカナダのアラニス・モリセット(上右写真)が、女性特有の「ヒステリックさ」や「性」をストレートに表現し、男には真似できない「女性ロック」を完成させた。
 他にもマルチ・プレイヤーでプロデューサーとしても優秀なポーラ・コール(右写真)や、マイケル・ジャクソン、ロッド・スチュワート、スティング、フォリナーらのバック・ヴォーカルを務め、セリーヌ・デュオンやエリック・クラプトンへ曲提供していた本格派シンガーのシェリル・クロウ(左写真)らが同時期に大ブレイクし、ロック界のメインストリームは、完全に女性の時代へと移り変わった。
(注1) ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、セリーヌ・デュオン

2.ハードコアとメロコア
 
パンク・ロックは70年代末期のブーム後、本来の目的(反抗精神と破壊的衝動の具現化)とはかけ離れ、主流はポップに洗練されたニュー・ウェイヴへと移っていった。80年代になるとレコード会社もこれを後押しし、いつしかニュー・ロマンティックスというアイドル・ブームにまで達する。
 しかし、その一方で、初期のパンクの精神を貫き、セールスとは無縁のアンダーグラウンドで地道に活動していたバンドたちもいた。そういった者たちがさらに過激さを追求し、より速く、よりうるさくなったものが、いつしか「ハードコア」と呼ばれ80年代後半にクローズアップされるようになっていった。
 90年代に入ると、80年代初頭からインディーズ市場で細々と活動していたバッド・レリジョンが、ハードコアの速いリズムとメロディアスな曲調を融合させることに成功し、立て続けにヒット作を連発。94年には、ついにメジャー・レーベルであるアトランティックと契約を交わした。
 また、元バッド・レリジョンのギタリストだったブレッド・ガーヴィッツが、自らのレコードをリリースするため設立したレーベル「エピタフ」から、同じ頃にオフ・スプリングペニー・ワイズなどのメロディックなハードコアバンドを次々と大ヒットさせ有名になったり、パンク・バンドとしては異例の全米アルバムチャート2位を記録したグリーン・デイ(右写真)の活躍などもあり、それらハードコア+メロディアスなものを総称して「メロディックコア」または「メロディックハードコア」と呼ぶようになった。これを略して「メロコア」と言う。

3.オルタナ・カントリー
 オルタナ(オルタナティヴ)・カントリーの始祖は、アンクル・テュぺロが90年に発表したデビュー作「ノー・ディプレッション」(左写真)と言われるが、これほどまでにカントリーが再び注目されるようになったきっかけは、BECKを筆頭とした80年代末〜90年代初頭に登場するオルタナティヴ系のアーチスト達が、カントリー・ロックからのインスピレーションやカントリー・ロックと共通する内省性を持っていたためだろう。
 その後、この手のカントリー・ロック基盤のオルタナティヴ・バンドが続々と登場し、元アンクル・テュペロの中心メンバー2人が別々に結成したサン・ヴォルトウィルコを核に、ライアン・アダムス(vo&g)率いるウィスキータウンジェイホークスBR5-49ブルー・マウンテンなど90年代後半までには大きな盛り上がりを見るようになった。

4.シンフォニック・メタル
 
クイーンズ・ライチドリームシアターに始まったプログレ・メタルの衝撃は、英米よりむしろ日本やヨーロッパで熱狂的な支持を受け、日欧で一大ブームを巻き起こしている。中でも94年にアメリカ東海岸から登場した驚異のテクニカル集団シンフォニーXや、97年に大仰なアレンジとドラマティックな曲展開で衝撃デビューを果たしたイタリアのラプソディー(右写真)など、シンフォニック系の人気プログレ・メタル・バンドが続出。また、メンバーチェンジによりクラシカルなパワーメタルに磨きをかけたストラトヴァリウスロイヤル・ハントなど、メロディック・メタル側からのシンフォニック・サウンド・アプローチの成功例も多く、ヘヴィメタル界では、「シンフォニック」というキーワードが1つの潮流となってきた。
 こういった動きに対し、従来からある欧州の様式美追求型メタルはピュア・メタル、北米産メタルのように力で押しまくるタイプをパワー・メタル、そして、新たに登場したシンフォニックなタイプはシンフォニック・メタルと呼び分けるようになった。

5.デジタル・ロック
 
かつてテクノは「テクノ・ポップ」とか「テクノ・ミュージック」と呼ばれ、ジャーマン・ロックやニュー・ウェイヴから枝分かれしたロックと隣り合わせの音楽であった。だが、その後独自の進化を遂げ、ハウスやヒップ・ホップと結びつき、90年代初頭にはレイヴ・カルチャーなる社会現象を生むまでに発展していた。
 しかしながら、90年代半ばの時点では、テクノもまたロックと同じようにパターン化し、新鮮さを欠いて音楽的に行き詰まっていた。この中で、ロック色の強い音作りをする一派が90年代半ば頃から注目を浴びるようになってきた。プロディジーケミカル・ブラザーズ(左写真)、エイフェックス・ツインアンダー・ワールドなどだ。彼らは派手なアレンジと分かりやすいサウンドで、ロック・ファンからも支持される存在となっていった。
 一方、ロック側からもデヴィッド・ボウイU2が90年代に入るとテクノに急接近し、半ば頃には完全に消化して独自のサウンドを切り開いた。こういったテクノとロックの接近から生まれるサウンドをロック界ではデジタル・ロックと呼んでいる。