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■ロックとは?
簡単に言えば、ロックとはロックンロールをルーツに派生したサブ・ジャンルのようなものだ。言い換えれば、ロックンロールの発展系とも言える。いつ、どこで、誰が、ということになると、発明品ではないので明確な回答は得られないが、初めて「ロック」という言葉が用いられたのは、1955年にNo.1ヒットを記録した、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」(右写真)と言われている。しかし、ロックンロールの発展系であるロックが一般的に認知され出したのは、やはりビートルズの出現以降のことだろう。
イギリスのリバプール出身のビートルズは、ロックンロールをベースにさまざまな解釈と手法を加え、その後各方面へと発展するロックの基礎を創り上げていった。ある意味でビートルズはロックの縮図なのである。デビューから解散までの8年間に、フォーク・ロック、カントリー・ロック、ブルース・ロック、ハード・ロック、サイケデリック・ロック、アート・ロック、プログレッシヴ・ロックなどなど、さまざまな切り口でロックを発展させ、極端な言い方をすれば、今あるロックの切り口はすべて活動期間中にやり終えてしまった。その後登場するロッカー達は、その切り口をさらに押し進めたにすぎないのだ。
アメリカではフォークの巨匠ボブ・ディランがエレクトリック・ギターに持ち替えた時からロックは始まったという見方もあるが、ディランはあくまでもフォーク・シンガーの異端であり、ロッカーではない。
ロックのルーツをたどっていけば、アメリカの音楽「カントリー」、「ブルース」やアメリカの楽器「ギター」にたどりつくことから、たびたびロック発祥の地はアメリカかイギリスかで論争になるが、これは卵が先か鶏が先かという話と同じで決着はつかない。
しかし、ロックがポピュラー化したのはビートルズの世界規模での成功によるところが大きかったことを考えると、一般的にはイギリスだと答えて間違いないだろう。
■ロックの歴史
第1章 ロックのルーツ・ミュージック
1.ロックンロールの誕生まで
ロックのルーツ・ミュージックとしてのさまざまな音楽は、1920年代にレコードとラジオが誕生すると、急速に民衆の間へ浸透した。
例えばカントリー・ミュージックは、1920年代後半、アメリカ南部の労働者階級のポピュラー・ミュージックとして、イギリス系移民の民族音楽にアフリカ系アメリカ人の音楽と北部都市の音楽を取り込んで発展し始め、50年代に現れるハンク・ウィリアムズの人気がこの音楽を定着させた。
一方、ロックのルーツとしてはカントリーと双璧のブルースもまた、20世紀初頭にアメリカの南部の黒人達の間で生まれた歌唱音楽で、50年代になる頃には、白人の間ではロックンロール、黒人の間ではリズム&ブルースやファンクとして発展していった。
2.フォークとロカビリー
その後カントリー・ミュージックは高度なテクニックを必要とするブルー・グラスやギター一本でも手軽に歌えるフォークなどに細分化されていった。ブルースをベースにしたロックンロールもまたヒルビリー・ミュージック(地方の土着音楽)と組み合わさり、ロカビリーというジャンルを生んだ。これらの音楽に共通するのはギターを持つことであり、それこそがロック発展の重要なキー・ポイントとなったのだ。
また、ロカビリーにはカール・パーキンス、ジーン・ヴィンセント、ロックンロールにはエルヴィス・プレスリー、ビル・ヘイリーといった人気スターが出現し、若者を中心に巨大なマーケットを作り出した。これによって音楽業界は一変、一気にポップスからロックンロールへの流れへと加速した。
3.エレクトリック・ギターの出現
ロックとギター、これは実に密接な関係を持っていて、特に初期のロックにおいては、ギターの発展こそがロックの発展にもつながった。
1941年、ジャズ・ギタリストであり発明家でもあったレス・ポール(左写真)が、ピックアップ(小型マイクのこと)付きのソリッド・ギター(中が空洞の普通のギター)を完成させる。これをギブソン社に持ち込むが最初は相手にされず追い返されてしまったという。その後1948年にフェンダー社がエレクトリック・ギター(日本ではエレキ・ギターと呼ばれた)の1号であるブロード・キャスターを発表し好評を博すと、ギブソン社は慌ててレス・ポールに連絡を取り、1952年になってやっとギブソン・レスポール・モデルを完成させる。これ以降、ジャズやブルース、ロックンロール系ミュージシャン達は、続々と大きい音が出るエレクトリック・ギターに持ち替えていくことになる。レス・ポール自身もまたギターの名手であり、トリッキーなプレイと、自ら考案した多重録音方法を駆使して、音楽業界に新風を巻き起こした。
4.ギター・ヒーローの登場
エレクトリック・ギターが広く浸透するようになると、腕に覚えのあるギタリスト達が競い合うようになり、その中でも屈指のギタリスト達は若者達の間でヒーローとなっていった。ジャズ界では先のレス・ポールがトリッキーなプレイと速弾き(これは実際にはレコードのマスターテープの回転を速めていたらしい)で有名になったが、カントリーではチェット・アトキンス(右写真)、ロックンロールではチャック・ベリー(写真左)といったヒーローが誕生した。
特にダッグ・ウォーク(アヒルのように中腰で歩きながらギターを弾く)などのパフォーマンスで一躍人気者になったチャック・ベリーの存在は、後続のロッカー達に大きな影響を与えた。
5.サーフィン/ホットロッド・ミュージック
60年代初期になると、アメリカ西海岸ではロックンロールがインストゥルメンタル(ヴォーカルなし)系のサウンドと、ハイ・トーン・コーラスを主体としたサウンドに分かれ独自の進化を遂げた。前者はディック・デイル&ヒズ・デルトーンズからベンチャーズへの流れ、後者はビーチ・ボーイズ、ジャン&ディーンなどで、これらを総称して、サーフィン/ホットロッド・ミュージックと呼ぶようになった。(ホットロッドはサーフィン・ミュージックの延長線上のもので、改造車をテーマにしたもの)
後にこれらの音楽はイーグルスやドゥービー・ブラザーズ・バンドなどウエストコースト・サウンドといわれるグループに受け継がれてゆくことになる。
一方、この頃イギリスでもロックンロール旋風が吹き荒れ、若者はこぞってロックンロールをやりだしたが、アメリカのようにカントリーやブルースの下地がなかったため、少し様相は違っていた。イギリスのミュージシャンが注目したのは、そのビートとイギリスでは珍しかったギターという表面的なもので、それが独自の進化を促した。
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