self-introduction by Newk

1966年生まれ(ビートルズが来日した年)
生粋の道産子で、現在も北海道在住です。職業:半導体の設計エンジニア

 あれは'78、私がまだ小学校5年生の鼻タレ小僧のときでした。TVで見たクイーンの「伝説のチャンピオン」のビデオクリップが始まりです。フレディの奇抜な姿、歌謡曲にはないカッコよいサウンド、純朴な少年に衝撃を与え、世界観を変えるには十分過ぎるインパクトでした。それ以来ロックという音楽に興味を抱き始め、また同時期、2歳年上の兄もキッスやレインボウなどをFMからエアーチェックしており、兄の目を盗んではこのハードでカッコいい音を聴き、ロックの魔力にどんどん取り憑かれていきました。
 我が家でオーディオを買ったのは'79で私が中1のとき、それに合わせて大好きになったクイーンを少ない小遣いで買って毎日毎日飽きるほど聴いていました。また兄のお陰で、ボストン、カンザス、イーグルス、TOTOなども聴く機会に恵まれました。そしてその年の暮れ、FMでエアーチェックした「天国への階段」、「紫の炎」に更なる衝撃を受け、ハードロックの世界への門をくぐってしまいました。今でもこの2曲は特別な存在です。それから20歳まで'70年代、'80年代のロックを、お小遣いが許す限り音源を集めては聴いていました(とは言え、大半はNHK-FMからのエアーチェックや貸しレコードばかりでしたが(苦笑))。また並行してギターも手に入れ、アイドルだったリッチー・ブラックモア、マイケル・シェンカーの簡単な曲をコピーしたものです。しかし遊びでやっていたバンドでは、あまりにギターが下手なのでヴォーカルをやらされていました(苦笑) (その分真剣にヴォーカル練習しましたし、誰よりも声が出て定評ありましたよ)。ギターは下手な分、コピーしたギターリストのフレーズを研究/分析するようになり、今日のNewk論を形成する土台ができたのではないかと思います。
 20歳のとき、大学の先輩の紹介でジャズと運命的な出会いをしてしまいました。高度な理論と演奏技術、そして即興演奏主体のスリルと熱気にロックに出会ったころ以来の衝撃を受けました。大学の軽音楽部の先輩とトラブルがあり、ちょっとロックに嫌気がさしていた頃でした。それからはジャズ一色。名盤を買い漁り、暇があればジャズ喫茶に入り浸る日々を続けるようになりました。ジャズはモダンジャズ全盛期の'50年代を中心にコンテンポラリィなものまで幅広く聴いています。即興に命を賭けた偉大なプレイヤー達の演奏には、ロックとは違う凄さがあり、私の中で大きな存在となってしまいました。中でもチャーリー・パーカー、バド・パウエル、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン等のインプロバイザは、私のちっぽけな感性をあざ笑うかのように、強烈な演奏を叩きつけてきます。そしてマイルス・デイヴィス、ジャズの帝王の異名を持つ彼の作品は高貴な雰囲気と革新に満ち溢れ、また多くの名プレーヤーを発掘し育て上げ、そして各年代で劇的にジャズ、強いては大衆音楽全体を変えてきました。尊敬するフェイバリット・ミュージシャンであるだけでなく、私にとって理想のミュージシャンでもあります。
 もはやロックは聴くことはないと思っていましたが、3年前、何気にウリ・ジョン・ロートの「レジェンズ・オブ・ロック」を聴き、その素晴らしい演奏に再びロックに情熱を見出すことになりました。HINEさんのHPに出没するようになったのはそのときからです。ただ今度はジャズを長年聴き続けたせいか、聴き方が大きく変わっていました。10代の頃熱くなって聴いていたいくつかのグループがつまらなくなっている、代わりにその当時理解できなかったジミ・ヘンドリックスが理解できるようになり、ジェフ・ベック、エリック・クラプトンの本当の凄さや、何故ZEP.が偉大なのかが理解できるようになっていました。そう音楽の本質ってジャンルに関係なく、純粋に音楽で勝負している人たちの演奏は素晴らしいってことなのでしょう。
 また多くのジャズの批評本を読んだせいもあり、今は同様な批評をロックにも当てはめて、ロックの文化的意義、音楽的発展の分析もライフワークにしています。

 こんな感じでリスナーの道を歩み続けた半生です。今はジャズとロックの掛け持ちで金銭的に大変です(苦笑)。しかし常に新鮮な驚きと感動を与えてくれるこれらの音楽を止める気はありません。またHINEさんのHPを通して同好の友人もでき、楽しくて仕方ないです(笑)。39歳になった現在も充実したミュージックライフを送っています。